2006年5月31日(水)
駅日誌(318) 「対独」

今朝、ドイツで日本対ドイツの強化試合が行われました。
最近仕事が忙しく疲れていたので、私は熟睡していたわけですが、会社では観たという人もいました。結果は2−2のドロー。なんだよ、引分けか…いやいや、強豪ドイツに対し、日本が押し気味の引分けでしたので、まずまずと思って良いでしょう。

しかし、ドイツのメディアは大騒ぎだそうです。
「日本に寿司にされた!」と書いている新聞もあったとの事。「寿司にされた」…要は食いもんにされたという事なのですが、相変わらず寿司かよ。記者は上手く書いたつもりでしょうが、何とも…まあ、現地の方が読む新聞ですから、現地の人にも分かり易い記事を心掛けたのでしょう。そういう意味では、ドイツ人の大半が寿司という食べ物を知っているという事だと考えられるので、好意的に捉えましょう。

きっと、あっちの下馬評では「ドイツ楽勝」だったのでしょう。強豪国ですし、何より開催国のプライドがあります。W杯は6月9日から開幕ですが、期待が湧いてきましたね。
最近暑くなってきた事ですし、「寿司にされた」という表現への御礼に、キンキンに冷えた麦酒を飲み、ジャーマンポテトを摘んでやりましょう。そう言えば、会社の近くにドイツ居酒屋ってあったなあ…
                             駅員@麦酒が美味い季節になってきました

2006年5月30日(火)
駅日誌(317) 「有償ボランティア」

「有償ボランティア」という言葉があります。
最近、仕事の関係で耳にする機会の増えた言葉なのですが、はっきり言ってけったくそ悪い! 私の最も嫌いな「偽善」の塊の様な言葉です。

おっと、私は、ボランティア活動をしている人自体は立派な心掛けだと思っていますし、一方金銭を受け取ってはいても、志願して人助け等をしていればそれも立派だと思っていますので、彼等を非難しているのではありません。あくまで、「有償ボランティア」という言葉がけったくそ悪いのです。誤解無き様願います。
「人助けをして金を貰うな」と言うつもりもないのです。ただ、金銭を受け取って人助けをする事を、何故「アルバイト」と言わず、「有償ボランティア」などと言うのか。ここには偽善の臭いが篭っていそうに思えるのです。

「ボランティアは無償であるべきだ」「いやそうではない。ボランティアという英単語には必ずしも無償である必要があるという意味合いは無い」という論戦は以前展開されたそうですが、そんな事が論争になる事が先ず不可解です。
何故に「ボランティア」という言葉に斯くも拘るのか? 「公園清掃のアルバイト」「老人介護のアルバイト」では何か不都合でもあるのか? と思うのです。
有償は有償でも、弁当が出たり、記念品が貰えたりというのは、私の言う有償とは違います。あくまで金を貰う事を指して「アルバイト」とどう違うのか、です。そこには、ボランティア=尊い、アルバイト=卑しいとでも言う様な妙な空気まで感じられます。だから、「ボランティア」という聞こえの良い言葉を使っているのではないか? と勘繰ってしまうのです。
アルバイトとして介護する者など信用出来ないとでも言うのでしょうか? 私は寧ろ、無償の方が責任を放棄し易いのではないか? と思います。
まあ、昨今の世の中にはプロでありながら責任を放棄する愚か者が多いので、金が責任の担保になるかは甚だ疑問ではありますが。

いや……待てよ。もしかして、有償ボランティアの「有償」は「所得」に入らないというカラクリでもあるのでしょうか?
これはあくまで憶測なのですが、もしもそうだとしたら、「アルバイト」という名目では所得に入る筈の物が、「有償ボランティア」という名目では所得に入らないという事? これって、体の良い脱税じゃないか! 流石にこれは穿った見方のし過ぎかも知れませんが、仮にこの憶測が当たっていたら、「有償ボランティア」は偽善どころか、悪です。

念のためもう一度断っておきますが、無償で人助けをしている人も、有償でのそれも非難しませんが、ただ「有償ボランティア」という言葉がけったくそ悪いのです。
                                        駅員@如何でしょうか?

2006年5月28日(日)
駅日誌(316) 「銀幕寸評」

私が観た映画に関する個人的感想を記す「銀幕寸評」です。
今回はDVDで観た「TAKESHIs'」について、以下に記します。タイトルの右にある星は評点であり、5ツ星が満点です。

「TAKESHIs'」 ☆☆☆
北野武監督・主演の作品です。私はビートたけしは好きなのですが、北野武はそれ程好きではありません。即ち、コメディアンとしてのたけし(それも、俺達ひょうきん族、風雲たけし城、北野ファンクラブ、お笑いウルトラクイズといった昔のたけし)が好みなのです。映画監督としても認めますが、私の中ではやはりあの黒くて辛口な笑いをより評価します。

さて今作品は、フィクションではありますが、「北野武」という人間を描いた私小説のような作品です。
作品の中には、現実・作中作・夢という世界が交錯しています。芸人としての「たけし」、「たけし」という役、人気者としての「たけし」、嫌われ者としての「たけし」、凶暴な「たけし」、不器用な「たけし」が登場し、そしてそれを撮っている(公開している)映画監督としての「たけし」が現れています。まさしく、「TAKESHIs'」です。アポストロフィーがSの後にありますので、直訳すると「たけしたちの」というわけです。
主な流れとして、芸能人として成功した偉そうにしているたけしと、それに憧れてオーディションを受け続けるたけしの二人が中心となります。後者は町工場の二階に間借りしたフリーターです。何度もオーディションを受け続けて、毎回落ち続けているという人物です。
無口で暗く、孤独な存在です。言わば、今の芸能人として成功した自分はたまたま上手く行った存在であり、パラレルワールドに失敗した自分が居たらきっとこうであろう、という事です。
しかし、注目はオーディションを受けているのが芸人ではなく、役者(俳優)という点です。
ここには北野武監督のコンプレックスがあるのかも知れません。自分は芸人として成功した御陰で自分で映画を撮れるし、俳優として演じられるが、この人気がなく素の俳優としては絶対に成功出来ていないと思っているのではないか、と思います。誠に生意気な表現であり、北野武氏およびファンには怒られるかも知れませんが、私にはそう受け取れました。

次第に映画の役としてのたけしと、フリーターのたけしと、芸人のたけしが交錯し、作品中では現実の境界線が曖昧になり、どれが夢で、どれが芝居で、どれが現実かが分からなくなっていきます。そこには、頑固ラーメン屋、運転手、テレビ局プロデューサー、ヤクザ等の科白が印象的に何度も使われ、その境界線を引く役目と、境界線を曖昧にする役目を兼ねています。
そこに出ている映像が、作中作なのか、夢なのか、現実なのか、デジャヴなのか…そういう不思議な作品です。デカルトの「cogito ergo sum(我思う、故に我在り)」、荘子の「胡蝶の夢」を想起させられました。人によっては難解と感じるかも知れません(私の解釈もあっているかどうか分かりませんが)。
尚、作中でキーマンとなるのは主人公北野武ではなく、岸本加世子です。たけしを含め、他の人物全てがその世界ごとに別の役が割り当てられているのに対し、彼女だけは全ての場面で同じ役をやっています。

小難しい事を書きましたが、銃で瞬殺という北野バイオレンスは随所に見られますので、それが見たいだけでも観る価値はあるのではないかと思います。
                                             駅員@素人評論

2006年5月27日(土)
駅日誌(315) 「ヘルシー幻想」

手作りの食品は、工業的に生産された食品よりも健康的である。
天然素材しか使っていない食品は、そうでない食品よりも健康的である。
漢方薬は、西洋医学の薬よりも健康的である。
菜食は、雑食よりも健康である。

これらの言葉に頷いたそこの貴方、幻想に陥ってはいませんか? 今日は、昨今の健康ブームに対して逆噴射をかまそうというテーマです。勿論、私の意見が正しいという保証はありません。が、まあ聞いてください。

@手作りの食品は、工業的に生産された食品よりも健康的か?
否、そうとは言い切れないと思います。言わば「手作り幻想」です。本当はもっと上手に作れるのに、本当はもっと美味しく作れるのに、手作り感覚を狙って敢えてちょっと不細工に作るなんて事も罷り通っています。
なるほど、食育としては手作りの物の方が絶対に良いとは私も思います。それと舌がやられないように、化学調味料は少なめが良いでしょう(尚、私は加工食品や、煙草をやりますが、意外や意外結構まともな舌をしている自信があります←本当かよ?)。しかし、それとこれとは話が違います。素人が下手に調理すると、良心的なメーカーが作った物に健康面でも劣る事でしょう。

A天然素材しか使っていない食品は健康か?
天然素材…何を以って天然素材と言うかです。例えば、有機水銀垂れ流しの川で取れた川魚は旨いでしょうか? 健康的でしょうか? 原産地表示などは、書こうと思えば何とでも書けます。そんな事を心配していては何も食べられません。
自らの舌に頼って食べる物をチョイスする分には良いのですが、「天然素材」「有機栽培」といった言葉だけを過信するのは愚かだと思います。


B漢方薬は、西洋医学の薬よりも健康か?
そんな事はありません。原料は殆ど同じ様な物です。何かの根っこそのままだろうが、錠剤になっていようが、薬の原料は毒にも薬にもなる物に過ぎないのです。
しかし、プラシーボ(偽薬)という言葉があります。偽薬を飲み、効いた様な気がして、免疫力が働き治癒するという手法です。ですから、信じている分には、効き目があるとは思います。「病は気から」先人はよく言ったものです。
私は、薬は嫌いなので極力飲まないようにしています(無理は禁物ですが)。

C菜食は雑食よりも健康的である?
昨今ベジタリアンが結構増えています。では動物を見てみましょう。草食動物が肉食動物より長生きかどうか。二十日鼠(雑食)3年、犬(雑食)15年、猫(肉食)15年、パンダ(草食)15年、熊(雑食)25年、馬(草食)30年、象(草食)70年。
基本的に体が大きい種程長生きの傾向がある様です。恒温動物は体が小さい程、体温維持に割かれるエネルギーの%が高くなり、血液の循環も早くなります。鼠がひっきりなしにヒクヒク息をしている一方、象は2〜3秒に一度しか脈がありません。
パンダの寿命の短さが気になります。熊より短いだけでなく、犬猫と同等だなんて。ですから、草食が雑食より長生きだとは一概には言えないと思います。
馬は熊よりも長生きじゃないか、という意見があると思います。しかし、馬は500kgある一方、熊で500kgとなると極稀であり、通常は300kg程度です。熊は馬よりも巨大というのは幻想です。因みに、変温動物ですが、爬虫類のワニ(肉食)は殺されない限り、50〜60年生きるそうです。よって、一概に草食は雑食よりも健康的とは言えないと思います。
まあ、長生き≠健康とも思いますがね。いや、寧ろ長生きは不健康か。

というわけで、私の見解はこうですが、如何でしょうか? 尚、私はそういう研究をやっている人間ではないので、この意見には全く権威はありません。悪しからず。
                                            駅員@ひねくれ者

2006年5月26日(金)
駅日誌(314) 「神を冒涜している」

会社で取っている日経流通新聞(MJ)を、時々読みます。
今日の分には、一面の次の頁に映画「ダヴィンチ・コード」を観た人へのアンケート(支持率)が出ていました。それによると、7〜8割が面白かったと支持しており、賛否それぞれの意見の一部も載っていました。その中に光る一行が…
ただ一言「神を冒涜している」という意見があったのです。
凄い一言だなあ、これ… それにしても日経もよくこんなコメントを載せたものです。
私は原作も読んでおらず、映画も観ていないので、その中身は聞いた話でしか知りません。しかし、それでも物凄く大雑把な筋や、敬虔なる基督教徒の反発も分かります。

で、私が言いたいのは、「神を冒涜している」と思う程の宗教心があったら、何で観に行っちゃったの? と。どういう内容なのか、また、教皇庁のあるバチカンがどういう反応をしているのかを、よもや知らなかった筈はあるまい? と。
グロ画像を見てみたい心理、禁を破ってみたくなる心理でしょうか? はたまた、聞きたくない情報には耳を塞ぐというカルト信者的な面まで見えてきてしまいます。いわゆる「世の者に交わってはならない」というやつです。
あ! この人もしかして、「○○○の塔」の人かいな?


見ず知らずの人を、それもたった一行から色々想像して個人攻撃してしまい、誠に恐縮です。それもこれも、私が宗教・倫理・哲学に関心が強く且つ「宗教は玩具である」が持論だからでしょう。
だからと言って、他人が信じるものをぶっ壊す権利は私には無いし、そういうつもりも無いのです。唯一つ、フィクションである芸術・創作については、真偽は重要ではなく、「面白いか否か」それこそが至上命題であり、無粋はいけませんと言いたいのです。
                                     駅員@神は死んだByニーチェ

2006年5月25日(木)
駅日誌(313) 「国民性」

世界には数多の国があり、その国民性も多岐に渡っています。それぞれ、特徴的な国民性を持っていて、外国に行くと時には相容れないかも知れない部分があります。
さて昨日の日誌に、私の部署に外国人の新入社員が入った事を書きましたが、「ああ、これは国民性の違いなのだろうか」と思った出来事があったので、今日はその事を書きます。

仕事で使うサンプル用に小売店で色々物を買い集める事があるのですが、その時に女の子にあんまり荷物を持たせると、私が何やら悪者みたいに見えてしまうので、荷物は私の方が多く持ちたいのですが、半ば奪い取る様に荷物を持ちたがります。本人は「先輩に荷物を持たせまい」というつもりなのでしょう。非常に生真面目な事であり、責める訳にも参りません。
一応「女性に多く荷物を持たせると、私が周囲から白い目で見られるのだ」という旨を告げるのですが、中々頑固なのです。ひょっとすると、物凄くプライドが高いという事なのかも知れません。

一緒に外出している時にぽつぽつ雨が降ってきました。私は「雨が降ってきたね、傘を持っていないし、早めに引き上げよう」と言うのですが、「大丈夫です」と返してきます。
何がどう大丈夫なのか? と思い、「風邪でもひかせたら、怒られちゃうからな…」と言っても、「大丈夫です」。風邪はひかないとでも? 「風邪をひいても誰にも何も言わないから大丈夫です」との返事…いやいや、大丈夫じゃないでしょ、そりゃ! と思いました。

特に後段の「風邪をひいても誰にも何も言わないから大丈夫」…このコメントに国民性の違いを強く感じてしまいました。厭らしい見方ですが、穿った見方をすると「バレなきゃ大丈夫」という倫理観とも読み取れてしまうのです。
う〜む、仕事以外にも色々教える事がありそうです。
前述の通り、本人は至って真面目な良い子なので、却って注意するのが難しいのですが。
                  駅員@祖国を離れて一人なので優しくしてあげたい所ですが

2006年5月24日(水)
駅日誌(312) 「あーしんど」

22日月曜日、会社の私の部署で新入社員歓迎会を開きました。
オッサンだらけの部署なので若輩者の私はあれしろこれしろと言われます。まあ、私の気が利かないからゴチャゴチャ言われるという側面もあるのですが、私は他人から五月蝿く言われるのが嫌いなので、疲れました。
それで真っ直ぐ帰れば良かったのですが、二次会・三次会と連れて行って貰い、最終的にはタクシーで、隣のグループの上司を送り届けるという遠回りで帰宅。帰ったら惨事…もとい午前3時でした。
誘われる事自体はありがたい話であり嬉しいのですが、このおっちゃん、さっきまで元気だったのにタクシーに乗るとすぐに寝ちゃうのです。乗ってしばらくすると「ぐがーぐがー」と大きなイビキが始まりました。
大きなマンションに住んでいらっしゃるので、辿り着いてもどの部屋なのかさっぱり分かりません。何とか起こして降りて頂き、ようやく帰れたのでした。
(尚、この人の奥様を携帯で夜中・早朝に叩き起こした事過去二回あります…汗)

23日火曜日、私は朝いつも通り起き、新聞を読むのがだるかったので読まずに出掛けたため、いつもより早く会社に着いてしまいました。
そこで衝撃が。昨日送り届けた隣G上司、もう来てました。
私はてっきり10時頃に出社してきたりすると思っていたのですが、9時から会議だそうで。その辺は会社人間なのだなと思いました。
さて、23日は前述の新入社員の面倒を見るという非常に疲れる仕事が待っていました。特に今回の新入社員は何と「外国人の女の子」。
日本語はたどたどしいものの一応は喋れますが、
それでも、国籍・性別が異なるという疲れる要素がダブルで来たわけです。私も勿論女性と話すのは好きなのですが、こと仕事に関しては矢張り女の子の方が疲れます。
「ちゃんと今言った事を分かっているだろうか?」
「あんまり厳しい事を言ったら怒りはしないだろうか、拗ねはしないだろうか、泣きはしないだろうか…」
「気を使い過ぎて、それを悟られても拙いしな…」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、神経磨り減る事、ドリフト中アクセル吹かしまくるの如し! 俺は疲れているんだー!……………ガクッ。帰ったら速攻まどろみ、泥の様に眠りに落ちました。

というわけで、ようやく回復出来るかと思いきや、今日は22時まで労働。23日の遅れを取り戻すべく(新入社員の指導は責務なのですが、私の抱える仕事が遅れるのはその子のせいではないのです…)。あー、しんど。

さて、その疲れた体を癒せるか? ネスレが、ありそうでなかった凄い物を発売しました。
その名も「ネスカフェ スパークリング・カフェ」\140也。300ml入りのアルミボトル缶です。中身は何と炭酸珈琲! 炭酸のリフレッシュ感と、珈琲の癒し…これは行けるかも!?
 

う…何と申しましょうか、私にはあまり合わなかった様です。何やら珈琲キャンデーの様な味です。しかし、好きな人は確実に好きになると断言しましょう。
                                    駅員@明日も仕事…あーしんど

2006年5月21日(日)
駅日誌(311) 「神曲」

私の読書習慣は、殆どが通勤読書です。
出勤の電車では眠いのと混んでいるのもあり、デジタルオーディオプレーヤーで音楽を聴きながらの通勤になりますが、帰り道は読書をしながら帰る事にしています。飲んだ日や眠い日は座ると寝ちゃいますので、そういう日は読書中止となりますから、なかなか読書が進みません。長い作品になると、間に別の本を挟んだりしてしまう事もあり、全部読み終わるのに半年や一年かかってしまう事もあります。

ダンテ=アリギエーリ「神曲」地獄篇・煉獄篇・天国篇の全三巻、読み終わるのに半年以上もかかってしまいました。今日はその感想文を書こうと思います。
本作品を読むのに時間がかかったのは、上記の読書習慣も理由の一つなのですが、何より最大の理由は「註釈が多い」という事です。脚註という形で、本文の下に細かい字で書いてあるのですが、スペースが足りず後ろへ後ろへとずれてしまうのです。よって、ちゃんと脚註を読みながら進めると、頁を何回も繰る事になってしまいます。
それに、如何に大学受験の頃に世界史が得意だったと自負する私でも、中世イタリアの人物など、余程メジャーな人物でない限り、殆ど知らない人ばかりです。聖書をちゃんと読んだ事も無いので、天国篇に登場する聖者も名前だけしか知らない人だらけです。そんなこんなで色々引っ掛かりながら読み進めました。

三篇で最も面白いのは? と問われたら、私は「地獄篇」と答えます。悪魔・怪物といった異形の物が沢山出てきますし、歴史上の人物たちが色々な罰に苦しんでいる姿も面白いです。面白いと言っても、笑える類の面白さではないのですがね(しかし、実はダンテはこの作品を喜劇として書いていたりする)。
紀元前の詩人ウェルギリウスが水先案内人となり、ダンテを地獄の最下層まで導きます。
地獄はすり鉢状の巨大な穴として描かれており、二人はその壁面を伝って下へと下っていきます。
地獄の底にはルシファーが下半身を氷漬けにされ、苦しみもがいています。
ルシファーとは、元は神の脇に座る事を許された最高位の大天使だったのですが、ある日「神を倒せば、世界に君臨出来るんちゃうん?」という考えを持って反旗を翻した堕天使です。しかし願い叶わず、神の怒りを買い罰せられました。その時ルシファーと彼になびいた者は全て地獄に幽閉され、悪魔という存在に成り下がったのです。ゲームや漫画の世界では、地獄の魔物たちは強大な存在として描かれる場合もありますが、この基督教的世界観では彼等は聖なる力に屈した者として描かれます。
ルシファーの体を伝って、下半身の方に降りていくと、そこで重力が逆転し、上下逆さまになります。即ち、地球の中心部にルシファーが閉じ込められているという事になるのです。

そこから煉獄篇に移ります。煉獄は地球上でエルサレムの反対側に位置する山です。今度はその山を登って行くという旅程になります。そこには、地獄に落とされる事は免れたものの、天国にはまだ入れないという人々居り、罪を洗い清めて山を登って行くという場所となっています。
山頂にはその昔アダムとイヴが追放されるまで住んでいたエデンの園があり、
そこまで登り切ると、案内人がウェルギリウスからベアトリーチェにバトンタッチされます。ベアトリーチェとは、ダンテが子供の頃から恋焦がれていた女性であり、聖なる存在として描かれています(ちょっとこの辺りにダンテのアブノーマルぶりが垣間見えますが…)

案内人をベアトリーチェに交代し、山頂から上へ上へと昇って行きます。
当時の天文学では、地球は球体ではあるものの、宇宙の中心は地球であり、惑星は勿論、太陽も他の恒星も全て地球の周りを回っているのだと考えられていました。よって、天国篇はその地球を巡る星の階層を昇って行くという形になります。地球から近い順に、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、木星天、土星天、恒星天、原動天、至高天という順序です。
至高天が神のおわす所というわけですが、ここには普遍的無意識の宗教観の様な物が見て取れます。至高天の構造は、仏教の曼荼羅のそれと同じ匂いがするのです。曼荼羅も宇宙を表す物ですし。

さて、地獄篇から通して見ると、世界の構造は、宇宙の中心にあるのが地獄の底であり、最外周が天国という事になります。科学的に見て、馬鹿な事を書いているなあ、と思われる向きもあろうと思います。
しかし、土星天の所には、土星には輪があるという記述がありましたし、また、地球と太陽を入れ替えると土星までの位置関係は現在と同じです。これらを見ると、根本は間違っていたとは言え、当時の天文学もそこそこのレベルにあった事が伺われます。
地球が中心であることは間違っているものの、宇宙の最外層は誰も見ていないわけですから、我々はまだ「天国が宇宙の最外層にある」という事を否定は出来ないのです。
                                       駅員@でもアンチクライスト

2006年5月20日(土)
駅日誌(310) 「罪と罰」
今日は良く晴れた日差しの強い日でした。
夕方から用事があったのですが、折角の天気なので、昼間だけ一人でぶらりとドライブに出掛けました。
エアコンを点けると…もわっと生暖かい風が…あっれえ〜? 丸一年前に修理したばかりなのですが、再発してしまった様です。とほほ、ヨーロッパ車は電気系統が弱いです。参ったなあ。さて、窓を全開にし、漫然と車を流して、特に行き先を定めないドライブです。

荒川に架かる橋を渡っていると、ふと「彩湖公園」という看板が目に入ったので、面白そうだと思いました。ちょっと行ってみました。
「彩湖公園」ですよ? 地面にチョークで延々目玉を何個も描いている人が居るかも知れませんし、後ろ向きに延々と彩湖の周りを走っている人が居るかも知れませんし、はたまた頭を抱えて奇声を発し続けている人が居るかも知れません。そりゃ「サイコ公園」だ!
おっと、寒いコメントはさておき、彩湖とは荒川沿いにある湖で、川のうねりによって残された三日月湖です。
自然があって面白そうだと思ったのです。

風が強かったですが、よく晴れた中、湖の周りを歩きました。

夫婦、親子、カップル、色々な人が居ます。大の大人が一人で来る所ではなかったようです。ジョギングをしている人には一人で歩いている人も居ましたがね。さて、楽しそうに仲睦まじくしている人々を尻目に一人きょろきょろしながら歩きます。
半周程の所で、何やら空が暗くなってきている事に気が付きました。一雨来るかな? と思っている間に豪雨です。現在地は車から2kmも離れていました。慌てて車に戻ります。顔に当る雨が痛い。そんな激しい雨でした。グッショリ濡れています。
あとちょっとで車という所で、合羽を着て自転車を漕いでいる男と擦れ違いました。擦れ違い様に、その男は私を見て声を立てて笑ったのです。一瞬カチンと来ましたが、その時頭にフッと別の考えが浮かびました。
もしかしたら、私は無意識の内に仲睦まじい人々に悪意を持ち、ぶっ壊れてしまえと思っていたのかも知れません。あくまで、意識に上らない深層心理でです。
この雨はその悪意の実現であり、それをもたらした私の罪に対する罰だったのかも知れません。自転車の合羽男は、私の心の隙間に入り込んだ悪魔なのかも知れないな、と奇妙な考えが浮かんだのでした。
改めて私の心は醜く荒んでいるのだな、と思いました。
                                 駅員@最近自己嫌悪が多いなあ…
2006年5月19日(金)
駅日誌(309) 「子供とコドモ」

近年「子供殺し」が増えています。
小学校1年や2年のガキンチョが殺されているのです。昨日は秋田で殺人・死体遺棄事件がありましたし、以前川崎のマンションで子供が投げ落とされる事件もありました。
こういう事件は無茶苦茶むかつきます。私がむかついた所で何にもならないし、この憤りは一種の偽善かもしれません。が、むかつくもんはむかつく。
どういうつもりで子供を殺すのでしょう? 何か大きな恨みでもあったのでしょうか? 小学生のガキに? それともその親に?
大した動機など出ては来ないでしょう。犯人はきっと脳味噌がコドモなのだと思います。
否、狼に育てられた人間の子供アマラ・カマラの例や、虎の子を育てた犬の例といった話があります。コドモどころか畜生以下ですね、子供殺しの馬鹿野郎は。それとも自分より弱い事が明確な相手を殺す事で生を実感している様なヘタレなのでしょうか。色々考えられますが、第一は想像力の欠如でしょうね。
私もイラチなので、すぐに不快感を顕わにしてしまいます(上記の子供殺しに対する悪意の篭った文を読めばお分かりかとおもいます)が、大抵は「もし今ここでぶちキレて、どついたら、どうなるんやろうなあ?」という想像に留まります。やってしまうか、頭の中で想像し思い留まるかの違いでしょう。
しかしながら、上記の子供殺しに対して書いた様な罵詈雑言を、私は口に出しても言っちゃう人間です。
以前、電車に乗った時に、注意されて「ああん!?」と聞き返すヤンキー崩れみたいな男に、
「頭だけやのうて、耳まで悪いんか」という言葉を浴びせた事があります。その後は何とか喧嘩にはならずに済みましたが… 危なかったなあ〜。もうちょっとでボコられてる所でした。
(でも、使える科白だとは思いませんか?)
おっと、コドモなのは私でした!(今日の日誌の結論)
         駅員@私は義憤のつもりなのですが、もしかしたら犯罪者側の人間かも…

2006年5月18日(木)
駅日誌(308) 「人類皆変態」

Yahoo!で面白いニュースを目にしました。「ヒトとチンパンジーの祖先、一旦分岐して交雑?」。進化の過程で別の種に分かれた筈の人間の祖先とチンパンジーの祖先が交雑していたとする研究結果を、米国ハーバード大学が発表しました。
人間の祖先がチンパンジーとは分かれたのは凡そ700万年前と言われていたのですが、その後も種の間に交雑があり、ちゃんと分岐したのは540万年前以降の可能性が濃厚との事です。
こんな危ない香りのするネタを、面白いと言ってしまう私の感覚も変態的ですが、生物学的に見て(或いは宗教的に見て)ショッキングなネタであるのは間違いありません。そうです、我々人類は獣姦野郎の子孫なのです。皆変態の血を引いているのです。人類皆大なり小なり変態なのです。
とは言え、分岐当時はヒトも猿人の時代ですから猿と大きな差は無かったのですがね。
ヒョウ(Leopard)とライオン(Lion)の合いの子レオポン(Leopon)という珍獣が居ますが、それと大差は無いのでしょう。否、もしかしたら遺伝子的にはヒョウとライオンの違いよりも、ヒトとチンパンジーの違いの方が小さかったりして。

さて、変態という表現は適切ではないのですが、標準からの逸脱(必ずしも悪い意味ではなく)という繋がりで、同じく今日見たニュースに、「性同一性障害の小学二年生」のニュースがありました。
正式に性同一性障害と診断され、身体的には男児であり、精神的には女児であるという生徒が、学校から女児として認められたというトピックです。生物学上は♂だが、社会的・心理的には♀であるという事です。
なるほど、多様性を認める事は社会の器の大きさでもあります。しかし、本人にとって悩み苦しむのはこれからでしょう。これを慈悲深い処置(多様性の受容)と見るべきか、冷酷な処置(問題の先送り)と見るべきか…少なくとも数年後には大きな悩みの時期(二次性徴)を迎えるのです。
小学校二年生の段階では、男女の違いはそれこそ股間にが棒があるか穴があるかしかないのですが、二次性徴でそれは大きく変わってしまいます。その時には自分自身の問題として大いに悩めば良いのですが、問題は周りがそれを許すかどうかですね。ガキというものは「普通と異なる」ことに異常に反応しますから。
ひょっとすると、まだ性差の無い今のうちに半ば強制的に男児とする方が本人にとって幸せかも知れません。自由に茨の道を歩くべきか、束縛されて舗装路を歩くべきか…
前述のヒトとチンパンジーの遺伝子の違いに比べれば、たった1個の染色体がXかYかの違いだけなのですがね。もしかしたら、ヒトは進化の代償に大きな苦しみを背負ってしまったのかも知れません。

こういう話に落ちを付けると怒られそうで恐縮ですが、もし、私が「自分は女だ!」と声を大にして主張すれば、今から受験し直して女子大に入学可能なのでしょうか? 出来たらええなあ〜、でへへへへ。人類皆変態なのです(何を言うか)。
                                           駅員@変態は俺か

2006年5月17日(水)
駅日誌(307) 「北の家族」

セラヴィリゾートという会社が展開している居酒屋に、「北の家族」というチェーンがあります。全国の主要都市を中心に何十店かを出店しています。
この会社、バドガールが麦酒を運んで来てくれる店「バドワイザーカーニバル」もやっており、中には居酒屋の隣にバドガールの店というケースまであります。まあ、モンテローザの居酒屋ビル(白木屋、魚民、笑笑が同じビルの別の階に入っていて、赤に白抜きの同じ様な看板が縦に並んでいるビル)と同じ様なものですが。

さて、今日の本題はそんな話ではありません。「北の家族」は北の家族でも、この北海道メニュー中心の居酒屋の話ではありません。
北朝鮮に拉致された家族、の話です。昨日、横田めぐみさんの父、横田滋氏が、めぐみさんの夫と目される韓国人金英男氏の母と、韓国で対面し、日韓協力して、問題解決まで闘おうと誓ったのでした。
日本では複数の拉致事件がありますので、世論として拉致被害者を取り返す意見が大勢ですが、韓国では政府が南北統一を掲げている事もあり、今一つです。韓国では言論統制されて握りつぶされている部分も多いのかも知れません。拉致被害の全てが明るみに出れば、韓国世論も激化する事必至です。
さらに、タイからも拉致被害が出ているらしく、北朝鮮には今後もくどいくらいに返還を求め続けないといけないと思います。

しかし、一方で私は拉致問題に関しては全てマスコミを通した情報しか知りません。実は北朝鮮以外に途轍もない巨悪が存在し、拉致を実行しているという可能性も否定は出来ないのです。まあ、北朝鮮のなめ腐ったた態度(偽物の遺骨を寄越したり)を見れば、十中八九あの国の仕業でしょう。北朝鮮は濡れ衣を主張するのなら、誠実に対応せよ、と思います。
そして、この拉致問題の進展…これは次期自民党総裁=内閣総理大臣を決する重要なファクターでもあります。因みに、共産党・社民党が当初、拉致の事実は無いと主張していた事は忘れちゃいけません。
                                    駅員@居酒屋から政治の話に

2006年5月16日(火)
駅日誌(306) 「双葉鈴木竜」

フタバスズキリュウという恐竜がいます。日本で化石が発見された首長竜の一種です。
この度、そのフタバスズキリュウに学名が付きました。「フタバサウルス・スズキイ」だそうです。発見から38年も経過してようやく学名が付いたとの事。長いですね。
私は今まで学名も「フタバスズキリュウ」だと思っていました。幼少の頃は学研の図鑑等を見るのが好きで、その中にも既に載っていましたし。
また、ドラえもんの映画「のび太の恐竜」で出てくる恐竜もフタバスズキリュウだったと記憶しています。そう言えば、今年は同映画がリニューアルされた年でもあります(去年だったっけ?)。
さて、このフタバスズキリュウですが、変な名前ですよね。私は新発見生物には発見者の名前が付く事は辛うじて知っていましたので、きっと双葉氏と鈴木氏が二人で発見したものだと思っていました。が、今回新聞記事を読んで「双葉層群という地層から、鈴木氏が見つけた」という事が分かりました。
発見者の名前は学名でも「スズキイ」という形で残っています。発見者は何でも高校生の時に発見したそうで、現在54歳。鈴木氏の38年越しの喜びも大きかろうと思います。
でも、フタバスズキザウルスではなくて、スズキイなんですよね? 日本全国に大量に存在する鈴木氏達をおちょくるためのあだ名になってしまいそうです…
                               駅員@余計な事を言ってしまいましたか

2006年5月15日(月)
駅日誌(305) 「セパ交流戦〜日本代表〜私事」

サッカーW杯が近付いている最近、プロ野球の方はセパ交流戦に突入しています。
昨年、我等が中日ドラゴンズが苦杯を嘗めた交流戦です。「昨年は交流戦さえなければ優勝していた」と言っても過言では無い程交流戦の成績は酷いものでした。
では、今年はどうか? 出だしで躓き、おいおい昨年と同じ轍を踏むのか!? と焦りましたが、現在交流戦は3勝3敗のイーブンで、首位巨人とのゲーム差は2.5です。まあ、まずまずでしょうか。交流戦前で3ゲームか3.5ゲームだったわけですから、これからに充分期待出来ると思います。

さて、今日はW杯の日本代表が決まりました。順当に選ぶと、こうでしょうね。戦力は十分あると言えます。
日本はグループリーグではFグループです。Fグループの他の国はブラジル、クロアチア、オーストラリア…強豪揃い…否、ブラジルは最も恐れる相手ですが、クロアチア、オーストラリアとは拮抗していると思います。安心は出来ませんが、二位通過は視野に入ります。
頑張れ日本! もとい、頑張っているのは分かっているから、落ち着いて行け日本!
(何を言っているのか分からない方は、昨日の日誌参照)

最後に私事を。最近、自分が嫉妬深い人間だと思えて仕方がありません。
嫉妬深い男はみっともないのは重々承知しているのですが、あらゆる人に嫉妬してしまいます。対象は、才能に関して、地位に関して、仕事に関して、色恋に関して…あらゆる物があります。自分の現状に満足出来ない、コンプレックスの強い人間なんだなあ、と。醜い下衆野郎ですよ、私は。
先日の日誌でも触れていますが、今更初めて観ている「新世紀エヴァンゲリオン」という漫画のDVDを少しずつ借りて、ようやく全10巻を最近観終わったのですが、その漫画の中に、パイロットの一人としてアスカという女の子が登場します。私は同作品でこのキャラクターに最も共感してしまいました。
エリート的な自信家で、すぐに他人を馬鹿にする嫌な性格なのですが、嫉妬深く、コンプレックスの塊なのです。これは、同じく漫画の話で恐縮ですが、ドラゴンボールに出てくるベジータと似ています。思えば、私は当時ベジータにも共感していました…
                         駅員@別に私は天才でも何でもないのですがね

2006年5月14日(日)
駅日誌(304) 「麒麟杯」

昨日のキリンカップ・スコットランド戦は、スコアレスドローで終了し、キリンカップは日本は1分1敗の最下位になってしまいました。残念。
私は昼間ちょっと出掛けた後、19:00には帰っていたのですが、雨にも関わらず、大量のサポーターが埼玉スタジアムに観戦・応援に来ている映像を目にしました。

W杯までの国際試合は残す所、30日の対ドイツ、6月4日の対マルタとなっています。そこで勝っておきたいのは言うまでもありませんが、何か自信に繋がるもの、或いはチーム強化のキッカケが見出せれば、それで充分と私は思います。
W杯では良い結果を残して欲しいとは思いますが、マスコミの様に毎度「勝て勝て勝て」とプッシュするつもりはありません。
人は他人に対して「頑張れ」と言うことが多いですが、言われる側に言わせれば「頑張ってるつうの」と思う人も居ると思います。「頑張れ」という言葉は、社交辞令でもあり、励ましの言葉でもあるのですが、その一方で無責任な言葉という側面も持っていると、私は思います。だから、私は選手にこういう言葉を贈りたいと思います。
「頑張っているのは分かっている」と。

さて、上記の流れを引っ繰り返す様な駄目出しをこれから…
駄目出しと言っても、素人のくせに「あそこのプレーがどうのうこうの」などという事を言うつもりはありません。
「ゲン担ぎに、スコッチエッグは食ったか?」 対スコットランドのゲン担ぎと言ったら、スコッチエッグです。スコッチを食う。そして、スコッチエッグの周囲はメンチカツですから、勝つに繋がりますから。あ、もしかして今回はゲン担ぎはゲン担ぎでもスコッチウィスキーをしこたま飲んで二日酔いだったりして!
                                       駅員@6月には期待します

2006年5月12日(金)
駅日誌(303) 「ター坊…」

天才奇才とおだてりゃエテ公は いつでも木に登るーぅ♪
儲かる話とクスリにゃ目が無い バカヤロ様が居るーぅ♪
                         〜桑田佳祐「すべての歌に懺悔しな!!」より〜

私の好きなミュージシャンの一つにSouthern All Starsがあります。
特に「おいしいね〜傑作物語」や「世に万葉の花が咲くなり」の「ニッポンのヒール」以降の社会派ソングが好きです(ここにはきっとThe Clash等メッセージ性の強いパンクが好きだからというのもあると思います)。

さて、今日Yahoo!で衝撃のニュースを見ました。

ター坊こと、元サザンのギタリスト大森隆志が覚醒剤と大麻所持で逮捕されたのです。そのニュースによると、それらのクスリは、「自分で使うために持っていた」、誰から買ったかは「言いたくない」との事。
まさか、上記桑田佳祐ソロ曲の様な事がこんな形で起きるとは…上記曲は、当時長渕を歌ったものだと言われましたが…(長渕ファンの方、すいません)
それにしても、ター坊の供述の後半「誰から買ったかは言いたくない」には、その売った人物につき、今後もっと衝撃のニュースに発展しかねない気がして、気掛かりです。
                                          駅員@ダメ。ゼッタイ。

2006年5月10日(水)
駅日誌(302) 「Smoker's Blues」

世の中着実に、喫煙者の立つ瀬は狭くなって来ています。かく言う私も愛煙家なので、困ったものです。
百害あって一利無しなのですが、パンドラの箱の底に「希望」が残っていた様に、百害のある煙草にも「心の健康」「頭のスイッチ」という重要な役割が私にとってはあります。
そして、奇しくも私の銘柄はHOPE=希望なのです。

さて、今朝の新聞の三面記事に「タクシー全面禁煙が望ましい」などという記事がありました。何やと〜? と思ったので記事を読んでみますと、それはタクシー運転手が受動喫煙被害で会社を訴えた裁判の判決でした。損賠請求は棄却されたのですが、裁判官は「タクシー全面禁煙化の早期実現が望ましいが、喫煙者・非喫煙者が互いの立場を理解する必要がある」と述べたとの事です。
何やら茶を濁した様な判決ではありますが、問題点は、禁煙車乗務を希望したが喫煙車乗務を余儀無くされたという点でしょう。本人が希望しているのに、というのは気の毒ですが、それに対して「全面禁煙化の早期実現が望ましい」というコメントは筋違いだと思います。料金から何から自由化の時代ですから、禁煙のタクシーがある一方で、寧ろ乗客に煙草を1本サービスするくらいのタクシーがあっても良いくらいです。多様性を発揮すれば良いのだと思います。

というわけで新聞を読んでから出勤し、仕事をやっていると、一通のメールが。
「本日より8:30〜10:30、13:00〜15:00は完全禁煙とする」「更に7月からは始業前・昼休み・終業後以外は完全禁煙とする」というふざけた通達が来たのです(当然ですが、分煙は既にしっかりされています)。
何やと〜? 前者はまだ何とかなります。しかし、後者は何ぞ!? 俺をなめるのも大概にせえや、と。
人に禁を科すのであれば、科す側にも何らかの交換条件が欲しい所です。例えば、私が禁煙を守るのと引き換えに、「発案者は始業前・昼休み・終業後以外の放尿を禁ずる」なんか如何でしょうか? 私が煙草を吸えずにカリカリしている一方で、発案者は小便を我慢してしきりに股間を押さえモジモジしている図。それなりの立場なのに、です。さぞ可笑しいだろうなあ〜。

禁煙と言えば、昔フジテレビの「世にも奇妙な物語」というオムニバスドラマで、「嫌煙権団」なるものがあった記憶があります。
白人至上主義のKKK(クー・クラックス・クラン)団と掛けた団体です。たしか、主人公が喫煙を理由に迫害され、命を狙われるという話でした。いつかはそんな時代が来るのでしょうか…?
                                          駅員@ニコティニズム

2006年5月9日(火)
駅日誌(301) 「広島・四国の旅(3)四国東部篇」

今回のGW一人旅の最終章です。

F高知・高知城
NHK大河ドラマでも有名となった司馬遼太郎「功名ヶ辻」の主人公山内一豊が建立した城、高知城です。
敷地内には、一豊、千代、板垣退助の銅像がありました。板垣死すとも・・・浮いてますっ! 高知の著名人なのですが、一人だけ浮いちゃっています。否、私が知らないだけで、この城と大きく関わりがあるのかも知れませんが。
同じく高知の著名人にやなせたかし氏がいます。城には
かずとよ君とちよちゃんというアンパンマンタッチのキャラクターまで居ました。因みに、高知の列車にはアンパンマン列車があります。全体にアンパンマンのキャラクターが描かれた車両です。
城はたった24万石ですし、正直大した城ではありません。我が地元にハイレベルの城が二つ、超ハイレベルな城跡が一つあるので、基準がかなり厳しいのですがね。しかし、昔のままで残っているのは賞賛に値します。
 ←高知城天守閣

G徳島・大歩危小歩危〜徳島駅〜神戸
高知で一泊し、早朝から路面電車と土讃線鈍行を乗り継ぎ、徳島に向かいました。
道中、大歩危小歩危等の名刹を車窓から眺めて通過し、徳島到着後、高速バスで神戸へ。神戸に居た頃の旧友と飲みました。お前等も変わらないなあ・・・と言いたいところでしたが、一人だけ物凄く変わっていました。当時肥満だった男が痩せていたのです。骨格まで変わってしまったのではないかという驚きでした。今回様々な名所を巡り色々な物を見た筈なのに、今回の旅で最大のインパクトがあったのが、まさかこれとは…!
 ←大歩危駅前「歩危マート」!

Hオマケ
今回の旅で見たけったいなもんや面白いもんを色々…
 
 左「ごめん行き路面電車」後免駅行き。
 右「後免奈半利線タイガース列車」高知県の安芸を通ります。
 
 中四国九州限定商品・ロッテ「グニャラー」…何かを連想しちゃいます!

                                                駅員@草枕

2006年5月8日(月)
駅日誌(300) 「広島・四国の旅(2)四国西部篇」

昨日の続きで、今黄金週間の一人旅レポートです。

C尾道〜愛媛・島並海道
美しい瀬戸内には、向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島が橋で繋がり渡れる海道があります。手段は、船、自動車、バス・・・ふと見ると「レンタサイクル」なる物が貸し出されています。他の貸出所での乗り捨ても可能、即ち島並海道をずっと自転車で渡る事も可能です。
自転車! これしかなかろう。というわけで、レンタルサイクルを借りようとしたのですが、何と! 不具合のある自転車しか残っていないとの事。
「どこが悪いんですか?」
「どこかは分かりませんが、不具合を訴えて返した人が居るんですよ」

しかし、乗ってみても何ら問題はありません。敢えて言うと、ブレーキの効きが悪い程度。制動力不足ならば、制動距離を長く取れば良いだけの事…借りることに決定。
スイスイ進みます。晴れ渡る青い空、澄み渡る青い海、橋を渡る時や下り坂での風の爽やかさ。自転車にして良かった! ああ、素晴らしい景色。むさ苦しい東京になんか帰りたくなくなります。
しかし、橋の手前は必ず上り坂…繰り返す内にだんだん太腿が張ってきます。しかし、それ以上にヤバイのがケツ! ずっとサドルに座っていると、痛痛痛! 苦痛と爽快感を交互に味わいながら、五時間半かけて渡りました。たっぷり日焼けしています。
 ←写真不鮮明ですが奥に橋。

D愛媛・道後温泉、宇和島
愛媛と言えば「道後温泉」。長時間の自転車走行の疲れを癒す為、湯治に向かいました。
松山駅から路面電車に揺られる事15分程、道後温泉本館。茶菓子付きなど三段階程の階級がある湯です。「折角の旅だし、最上級を」と思ったのですが、流石に連休です。混んでいたので待ち時間まであり、入浴のみにしました。ちぇっ。
湯から上がり、地元の居酒屋で食事と地酒を愉しみ、ほろ酔いで眠りながら、宇和島への列車に乗り、5月3日は宇和島のホテルで宿泊。
翌朝は宇和島の「闘牛場(開催はしていませんでしたが)」を見ていると、何やら野良猫がウロウロしていたので、じゃこ天をあげました。旨そうに食っていたのが可愛い。
 ←にゃー! ポーツマスポーツマス

E高知・四万十川
日本最後の清流四万十川。長閑な川です。
一両編成のJR予土線〜土佐くろしお鉄道に乗り、四万十川中流へ。川には「沈下橋」があります。これは川が氾濫しても流されないように手摺の類が一切無い橋なのです。
下流に向かい、四万十市中枢「中村」で、昼食。The「四万十川定食」! 鮎の塩焼、川海老の掻揚、あおさ海苔の天麩羅・味噌汁、鰻の蒲焼、鰹のたたき、ごりの佃煮…まさに四万十の美味の集成。やはり旅行の飯はこうでなくっちゃ!
食後四万十川を散策。ああああ、素晴らしい眺め。むさ苦しい東京になんか帰りたくなくなります(←またかよ)。
そして再びくろしお鉄道に乗り、東へ…
 ←四万十川に架かる沈下橋
                                           続   駅員@草枕

2006年5月7日(日)
駅日誌(299) 「広島・四国の旅(1)広島篇」

5月2日〜5月6日、広島・四国を一人で放浪してきました。飛行機と宿の手配以外には緻密な計画は何一つ立てずの、気侭な一人旅です。
まあ、「気侭な」と言いながらも怒涛の様な進み方をしたのですが…というわけで、今回の日誌はそれについてのパート1「広島篇」

@広島・平和記念公園
出発は5月2日羽田〜広島の7:05発第一便。平日に有休を使いました。空港へ行くには会社へニアミスしちゃいますが、まだ通勤通学の始まる前なので、スムーズに。
飛行機に乗り、広島空港へ降り、広島中心部へのリムジンバスに乗り込み、早速路面電車「広電」に乗り、平和祈念公園へ。原爆ドームの周りをウロウロし、色々な角度から見上げました。爆心地に、長年佇む文化遺産。恒久平和を願い、再度広電に。
と、降りた時には気付かなかったのですが、広島市民球場って、原爆ドームの向かい側にあるんですね。初めて見たのですが、ショボい球場でした(広島の方、カープファンの方、すいません)。もしもこの球場がドーム球場に改装されたら、ここにある広電の停留所「原爆ドーム前」は、「ドーム前」に改名でしょうか。停留所の両サイドに各ドームが位置します。
 ←原爆ドーム&ツツジ
A宮島
広電に乗り、さらに西へ。終点、宮島口。ここから渡し舟に乗り換えて、島に渡ります。宮島では早速鹿が御出迎え。おっさんが鹿煎餅を売っています。煎餅やりたい! 早速購入したのですが、ここの鹿は奈良の鹿よりも随分アグレッシブです。ずいずい寄って来て、「早う寄越せ」とばかりに私のTシャツの裾を噛んで引っ張ります。ゆっくりあげる事等罷り通らず、早々に全部ばら撒いちゃいました。見ると、修学旅行と思しき女子高生達も鹿に迫られております。悲鳴が聞こえます。
さて、複数の鹿に陵辱され、汚れてしまった私は、厳島神社に向かいます。朱に染まった鳥居を海の方に眺め、境内を巡り、次はロープウェーに乗って山頂へ。そこから1km程山道を歩くと、「弥山」山頂です。展望台のある山頂から見渡す瀬戸内は絶景です。さて、その山頂には巨大な岩が並んでいるのですが、その岩にちょっとショッキングな物を見てしまいました。岩が割れた角に鉄筋が見えたのです。ええ!? この岩、作り物かい! いや、全ての岩がそうではないのだとは思いますが…
 ←可愛い顔して強引に迫る鹿
B呉・大和ミュージアム
山頂で麦酒を飲んでから、下山し本土に戻って、JRで呉に向かいました。前々から行ってみたいと思っていた「大和ミュージアム」です。目玉は、260mの大和を1/10に縮小した26mの模型です。1/10とは言っても26mもありますから、巨大です。こういった軍事的な物に関して「軍靴の足音」がどうだとか、無粋な事を言う馬鹿が居ますが、私は単純にその勇姿を見て、恰好良いと思いました。
 ←大和1/10模型
5月2日第1日目は以上。再び広島市内に戻り、手配していたホテルに泊りました。
                                           続   駅員@草枕
                    ▲ページTOPへ▲

              2006年5月度目次
 #299 「広島・四国の旅(1)広島篇」
 #300 「広島・四国の旅(2)四国西部篇」
 #301 「広島・四国の旅(3)四国東部篇」
 #302 「Smoker's Blues」 煙草迫害。
 #303 「ター坊…」 大森隆志覚醒剤・大麻所持。
 #304 「麒麟杯」 スコットランド戦。
 #305 「セパ交流戦〜日本代表〜私事」
 #306 「双葉鈴木竜」 フタバスズキリュウに学名が付いた。
 #307 「北の家族」 居酒屋で飲みながら、拉致問題を考える。
 #308 「人類皆変態」 ヒト・チンパンジー分化/性同一性障害。
 #309 「子供とコドモ」 児童と、餓鬼臭い成人。
 #310 「罪と罰」 私の悪意が雨を降らせたのか。
 #311 「神曲」 ダンテ・アリギエーリの神曲読了。
 #312 「あーしんど」 仕事の疲れ/カフェスパークリング
 #313 「国民性」 外国人との感覚のズレ。
 #314 「神を冒涜している」 芸術鑑賞に無粋はいけません。
 #315 「ヘルシー幻想」 病的な健康志向は健康?
 #316 「銀幕寸評」 レンタル・TAKESHI's。
 #317 「有償ボランティア」 偽善の臭いのする言葉。
 #318 「対独」 W杯前強化試合。