2008年5月31日(土) |
駅日誌(918) 「伊坂幸太郎」 |
最近、急に気に入った作家があります。別段、新しい作家というわけではないのですが、本屋で「本屋大賞受賞」と書いて置いてあるので、気になりました。その作家は伊坂幸太郎。
ですが……その受賞作のハードカバーではなく、文庫の作品を買って読みました。私の読書の大半は、文庫なのです。一見ケチ、しかし、ブックオフで買う事はあまり無いので、書籍に対する出費の平均値よりは、上かも知れません。
さて、気に入ってから読んだこの作家の作品は、直木賞候補作「重力ピエロ」と、連作短編集「死神の精度」。面白いので、サクサク読めてしまいます。前者は先週末寝すぎて眠れなくなった夜中に一気に読み、後者は今日の昼間出掛けた折に買って帰って一気に読みました。
私は本を読むのが遅い方なので、一気に読むことは珍しいのですが、読みやすかったのもあると思います。
そうなのです。この作家の特徴として挙げられるものの一つに、気が利いた表現でありながら、短くきびきびしたセンテンスという文体が挙げられると思います。濃密な描写はセンテンスを長くしがちであり、短いセンテンスは面白味の薄い文になりがちなのですが、「いかに短い文で面白く書くか」を意識して書かれたような冴えた文体です。
そして、随所にユーモアが盛り込まれており、繋ぎの部分でも退屈しません。物語というのは通常、山場が何度か現れて、山場と山場の間は谷間になるわけですが、その部分も退屈しないのです。勿論、山場の盛り上がりもありますし、山場の予感で読者を引っ張る事も出来ています。また、無意味に配置されたユーモアに見えて、実はそれがちゃんと後々意味を持ってきたりするので、頭が下がります。
上記の二作を読んで、何となく私が書きたがるような話と方向性が近い気がしました。経歴を見ると、法学部出との事。私も法学部ですので、存外近い考え方の脳味噌なのかも知れません(うーん、それは関係無いか)。
特に「死神の精度」を読んで、当駅前「居酒屋赤べこ」で公開しているショートショート「不死身の富士美さん」「コインの旅路」で書きたかった事に似ていると思ったのです。
駅員@思い過ごしか
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2008年5月30日(金) |
駅日誌(917) 「ホップ・ステップ・ジャンプ」 |
三段跳び、という陸上競技があります。3歩のジャンプの合計の水平移動距離を競う競技です。それならば、1歩目、2歩目、3歩目の全てに意味があるわけですが、比喩として「ホップ・ステップ・ジャンプ」という言葉を出されると、ホップとステップは何やら前座というか、踏み台というニュアンスがあります。ええ、私はこの度、「ステップ」にされるという屈辱を味わいました。
定時を過ぎ、職場の緊張感が緩んできた頃、私の席の近くを後輩が通りがかりました。私の座っている島には、他に男後輩が一人、女後輩が一人残って居りました。以下、通りがかってきた者をAとし、男後輩をB、女後輩をCとしましょう。
Aが「Bって、今日誕生日やったよなあ。おめでとう」と言い出しました。その事は席が近いので私も小耳に挟んでいたのですが、よくそんな事を覚えているなあ、と感心しながら、聞き流していると、「駅員さん(実際は当然本名ですよ)の誕生日はいつでしたっけ?」とくるわけです。「11月」その後、何日かまで言おうと思ったのですが、まあ良いかと思い、「蠍座」と言いました。
そして、「Cさんは?」と続きました。そうかあ、Bの誕生日と、私の誕生日は、ホップ、ステップなわけか。「12月です」……Aは本当は「何日か」まで訊きたかったのだろうなあ。私が「11月」迄しか言わなかった事が意外な効果を発揮してしまいました。
踏み台にされるという屈辱。それはそれで多少ムカツク事ではあるのですが、私は別の事を考えました。些細な事が後に大きな変化を与えるという理論、「カオス理論」についてです。それを平たく表すには「バタフライ効果」が手っ取り早いと思います。
「ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスでトルネードを引き起こすかも知れない」という効果を指します。即ちその羽ばたきによる小さな小さな気流の動きが、微妙な影響を大気に与え、そういった些細な事が積み重なって、ついにはトルネードを巻き起こすかも知れないという理屈です。キチンと勉強した事があるわけではないのですが、私はこの「カオス理論」には興味をもっております。世の中の大半は関係があるかどうかも分からない些細な事の積み重ねで動いているのかも知れません。
先程の件で言えば、その場面でAがCの誕生日をちゃんと訊き出せたかどうかが、もしかしたら後々に大きな影響を生むかも知れないわけです。ただ、現段階で一つ言える事があります。A自身に自覚があるかどうかは置いておいて、ホップ・ステップを踏んでからCに問うたという事は、その場にいた人間には分かっているという事。本人の思いもよらないインパクトが発生しているという点で、これも一種のバタフライ効果なのかも知れません。
駅員@ちょっと違うか?
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2008年5月29日(木) |
駅日誌(916) 「殺しの隣人」 |
「Y氏の隣人」というちょっ不気味な寓意的な漫画があります……が、知名度はどれくらいあるのでしょうか? 本日のタイトルはそれをもじったものです。殺しの隣人、即ち、江東区のマンションで起きた同じマンションの女性が殺されて下水道に捨てられた事件です。あれから俄かにマンションのセキュリティが話題になっています。
私がこの事件を見て感じるのは、「想像力の欠如」です。同じ建物の中に住んでいて、強引に女性を襲おうという神経、そして、それがばれそうになると殺してしまう神経、それをバラバラにして便所から捨てる神経……これら全て、想像力の欠如だと思います。何で、相手が嫌がるかも知れないとか、こんな事をしたら取り返しのつかない事になるとか、そういう考えを微塵も持てないのでしょうか?
それなのに、この男も心神耗弱だの心神喪失だので、「可哀想な人」という司法判断を下される事でしょう。思うに、葬式が故人そのもののためではなく、その周りの人の心を慰めるためにあるように、司法も周りの人のためにあるべきではないか? と思います。キチガイだろうが、罪は罪。罪には罰があって然るべきなのです。罪人の更生なんかより、周囲の人間に「因果応報」を刻み込む方が重要ではないのか? と思います。
というわけで、本件に対する私の理想の処罰は、「ちんぽこ切り落とし、カマを掘られた上で磔獄門」です。
さて、これは普段からの私の犯罪に対するスタンスなのですが、たまーに、この手の「俺なんかが近付くだけでも迷惑なのではないか?」という考え方が一つも出来ない人を羨ましく思う事があります。
皮肉ではなく、私はこういう人の爪の垢を多少煎じて飲むべきだと思う事もあります。私はこの手のゴーイングマイウェイ野郎とは対極に位置する人間なのです。私はよく、「どうせ俺なんて……」とか「俺なんかに迫られたら迷惑だろうな……」などと思う事があります。その現在の状況よりは、強引過ぎる人間からちょっとだけその要素を貰うべきなのかな、と思うわけです。
例えば、ストーカーは軽蔑されるべき罪なのですが、そこまで何事をも顧みず想い人の事を思い詰める事が出来るのは、ある意味立派な事なのかも知れない、と思います。私なんか、人と付き合うのに詰まらなそうな顔や、嫌そうな顔をちょっとされるだけで、「俺は嫌われ者なのだ」と勝手に凹んでいるのです。
駅員@弱男
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2008年5月28日(水) |
駅日誌(915) 「Welcome to VISTA」 |
VISTA……
@トヨタ自動車の中級セダン及び、販売系列名。現在はもう無くなってしまったのですが、今日のタイトルはそのビスタ店のCMの文句です。
ABRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の後に続く、新興成長国群。ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチンを指します。
Bマイクロソフト・ウィンドウズの最新OS。XPの次の後継になります。
というわけで、私が今回話題にしたいのは、Aかと思いきや、実はBです。発売されてから結構経つのに、今頃何ぞ? と言われるかも知れませんが、今日から私が職場で使っているPCが、VISTA搭載機に変わりました。
今、この日誌を書いている自宅PCがMe(今だに!)で、これまで会社で使っていたのが、2000でしたから、XPをすっ飛ばしてVISTAに移行した形になります。あちこちで聞いた噂の如く、使い勝手が悪い! と思いました。あのアイコンはどこにある……? とウロウロ探し回った挙句見付けられなかったり、アニメーション機能が発達したせいで、何だか動きが重かったり……暑さと相俟って、苛々々々。
まあ、慣れの問題なのでしょうが、どうにも仕事が捗らない。きっと世の人には、もう慣れた人も多いのだろうなあ。
今回のPC更新で、会社に居る年配の方々がPCの操作に四苦八苦して、「そんな事も分からないのか」と思ってしまうような質問をしてきた気持ちがよーく分かりました。
近年、会社の後輩に言う好きな言葉があります。「無知は恥ではない。知ろうとしない事が恥なのだ」。つまり、今知っているか知らないか、それは偶々であり、恥ずる事ではないが、新たに知ろうという心意気が無いのは恥じである、という事です。その自らが発する言葉に、己が恥じ入りながら、明日からちょっとずつ慣れていこうと思います。
駅員@でも苛々するかもなあ
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2008年5月27日(火) |
駅日誌(914) 「2人のゴンザレス」 |
昨日の日誌を書いた後、ちらっとみたYahoo!のニュースで、面白い現象を目にしました。「Gゴンザレス薬物違反で出場停止」「元Gゴンザレス落雷で死亡」というニュースが並んでいたのです。??? これって同一人物が、巨人を解雇されて、その直後に雷に撃たれたのか!? と思いきや、前者はルイス・ゴンザレス野手、後者はジェレミー・ゴンザレス投手という、苗字が同じ別人でした。共通項は巨人に所属した事があるという事。偶然にしても、同じ日にゴンザレスばかりが受難とは……もし、中南米に多そうなゴンザレスたちの多くが同日に受難していたら、神の悪戯としか言いようがありませんね。
こんな風に偶然に意味を見出す事、これは人間の悪い癖です。何の根拠も無いのに、何らかのリンクがあると思おうとしてしまう哀しき性ですね。私も時々、「これはもしやこういう事では?」なんて思いながら、全く見当外れの事を考えている事があります。
これは、脳の進化の副作用なのだと思います。電卓はエラーが出ないのにパソコンにはエラーが多発するのと似ています。人間の脳味噌とコンピュータを一緒くたにしてしまうのはどうかとは思いますが、その構造は似ていると言えます。コンピュータは0と1の二進法の組み合わせで成り立っていますが、人間の脳味噌も、AGCT(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の4つの塩基2つずつの組み合わせで出来ています。「ん? 4つならば、2つしかないコンピュータの2乗ではないか」と一見見えますが、その塩基はAとT、GとCの組み合わせしか無いのです。
こういう事を考えていると、工学の世界のロボットの発達と、医学の世界の人体の解明は逆のアプローチでありながら、目指しているのは同じ所なのだな、と思います。
駅員@文系のくせに何が分かるのか
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2008年5月26日(月) |
駅日誌(913) 「受動型人間」 |
ふと今読んでみて、昨日の日誌は、自分の事を書いているようで、その実こそこそと人を批判しているような何やら卑怯な日誌に見えました。人を傷付ける言動は良くないなどとほざきながら、人を傷付けるような事を書いていては世話ありません。というわけで、批判めいた部分は削りました。しかし、最後に書いた「自分は判官びいきの方が良いなあ」といった部分は、今日、より一層そう思いました。
何だかんだと言って、気分が沈んでいた時は、あんまり人に依存されていない時。そんな気がします。今日は色々頼られてというか、尋ねて来る人が多かったので、何やら気分が良いのです。やっぱり私は「被依存依存症」で、困っている人に依存されると、生きているという実感が涌いてくるようです。
いや、向こうからすれば、ただ質問をしただけで、頼っているという程の事ではないのだと思います。しかし、それでも私には十分なのです。何だ、私は結局は一種のカマッテちゃんなわけか……
思えば、私は子供の頃から、自分から周囲の人間関係を築いた事は少ない気がします。そりゃ、ゼロではないですが、積極的に自分から動いて行った事は少ないと思います。何と言うか、子供の頃から受けの人間のような気がします。その割には、受けが下手だとはよく言われます。受けの人間と言うならば、当意即妙の返しを身に付けたいところです。それがなかなか難しいわけですが。
さて、「受けの人間」という表現が出ましたが、そんな風に、世の中には受動型人間と能動型人間がいるのだと私は思います。勿論、血液型占いではあるまいし、そんなキッパリと分けられるものではないとは思いますが、果たして貴方は如何でしょうか?
血液型占いで思い出しましたが、日本人は血液型診断というのが好きですね。しかし、考えてみれば、そんな風にキッパリと分かれるとは思えません。例えば、AB型の人とO型の人が夫婦になったとしましょう。その場合何人子供を産んでも、親と性格の似た人間が絶対に産まれて来ない事になってしまいます。AB×OOだと、AOかBO即ち、A型かB型しか産まれないのです。
駅員@脱線したまま終了
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2008年5月25日(日) |
駅日誌(912) 「自分はどうすべきか?」 |
昨日の日誌に引き続き、愚痴日記になってしまいます。というのも、他に書く事がないからですね。非常に寂しくもありますが。
嘗てはもっと言うべき事をズバズバと言える人間だった気がするのですが、最近は何を言うにも二の足を踏んでしまう気がします。気持ちが沈んでいるからなのか、言わないから気持ちが沈んでしまうのか。
最近思うのは、言いたい放題言っていた頃には、きっと多くの人を傷付けていた事だろうという事。言いたい事を言っていた頃はその事に気が付いていなかっただけなのではないか、と。というわけで、言いたい事をなかなか言えなくなってきてしまっているのだと思います。いや、物事はもっと簡単で、ただ単に私が昔よりも臆病になってしまっただけなのかも知れません。そして、「言いたい事を言うと人を傷付けてしまう過も知れない」という事と、「こんな臆病者では駄目だ」という考えがジレンマになっています。
自分という人間が、どういう人間なのか? 或いはどう在るべき人間なのか? その辺りが最近分からなくなってきています。近年、人格を壊されてしまった人を見る事が増えている気がします。決して他人事ではないと思います。私がいつ壊す側になるかも分からないし、壊される側になるかも分かりません。
壊す心配が無く、壊される心配が無い……私の密かな信条の一つ「判官びいき」をもっと全面に押し出していくしかないか、と思います。月曜日からは、ちょっとここの所を念頭に置いて行動してみようか。
駅員@愚痴日記
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2008年5月24日(土) |
駅日誌(911) 「ビジネスと割り切れない?」 |
会社は営利団体であり、会社に行って働くのは、ビジネスです。ここは、仲良しクラブじゃねえんだぞ!? と。そりゃあ、私も仕事中に多少御喋りはしますし、仕事に差障りがなければ、仲良く喋っているのを咎める気も毛頭ありません。
私が言いたいのはその逆、仲が悪い連中の事です。「嫌いな奴の仕事でも、仕事なんだから」というのがどうも出来ていない人が多いのです。無論、私も例外では無いと思います。やりはしますが、仕事の引き受け方に差異は出ている事でしょう。
私の上司はまあ、悪い人間では無いのだとは思いますが、癖のある人間です。一癖も二癖もある私が言うのもなんですが。なので、その上司が苦手だという人が結構いて、仕事の流れが妙な流れになってしまう事があります。その上司をスルーして話が回ってきたりするわけです。私はその時々の判断で、スルーでOKか上司を通すべきかを選んでいますが、なかなかその見極めには迷う事もあります。私より経験が浅い人間や、上司をスルーするのが苦手な人間にとっては言うまでも無く、迷いの種になります。
いや、仕事の話が来てそれを引き受けるか否かの場面はまだ良いです。もっと大きな問題は、次のような場面です。
例えば、Aリーダーと別の部署のBリーダーの仲が悪いとします。そんな中、Aリーダーの部下であるCメンバーが、AグループとBグループに跨る仕事を任され、AリーダーとBリーダーの意見が食い違い、且つ殆ど直接話をしないというケース。Cメンバーは、AリーダーとBリーダーの間で板挟みのようになり、仕事は進まないわ気をもむわで下らない苦労をする事になります。
こういうのが度々あるので、厄介なのです。過去に何か確執があるのだとは思いますが、そんなもんで人を困らせるな、と。そんなもんで、部下を悩ませるな、と。自分が板挟みに遭うのも無論嫌ですが、それ以上に目の前にいる人がそういう目に遭っているのを見るのがもっと嫌です。自分の場合は、「最終的にはぶちキレてしまえば良い」と思っているのですが、そういうのが出来なさそうな人がそういう目に遭っている様子を見ていると気になります。何もしてやれない事に無力感を抱き、疲れてしまいます。
いや、悪いのは、そういった仲の悪い人々ではなく、こんな事を悶々と考えていながら、何も出来ない無力な私なのでしょう。
駅員@そろそろ暴れ者になるのも良いか?
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2008年5月22日(木) |
駅日誌(910) 「縄張」 |
本に、こんな事が書いてありました。男と女ではパーソナルスペースのサイズが異なる……との事。パーソナルスペースとは何ぞや? 縄張のようなものだそうです。
即ち、自分の周囲の他人が入って来ると落ち着かなくなる間合いを指しています。男の方が「縄張が広い」と言えば聞こえは良いのですが、ただ単に人が近付いて来た事が気になりやすいって事なので、寧ろ良い事ではないです。例えば、見ず知らずの男女が電車か何かで近接して立っている時、男の方がそれが気になっていても、女の方はそれがあまり気にならない事も多いそうです。男は存外、ドキドキしやすいウブな生物という事か。
そう言えば、以前の日誌にも書いた事があるのですが、こんな事がありました。ある時、そこそこ空いている電車に乗っている時の事です。私は長椅子座席とドアの間の隙間に立つのが好きなのですが、ある駅でそこに若い女性が乗って来ました。ところが、ちらほらと人が乗っていても十分に他にスペースもあるのに、私が立っているまん前に、もたれるという程ではなく、ぴたっと触れるくらいの位置に立ったのです。これは何ぞ? 新手の痴女か? はたまた痴漢冤罪を狙ってなのか? 何なんだ、一体!?
そんなわけで、何やらドキドキしてしまったわけですが、先に述べたパーソナルスペースの話で言うと、向こうは全く何も意識せずに、知らない人に接する位置に立っていたという事になるわけでしょうか。参った参った。しかし、そんなだから調子に乗って痴漢をする変なおじさんが出て来てしまうのかも知れません。
駅員@男の中でも特にウブな者です
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2008年5月20日(火) |
駅日誌(909) 「台風通過」 |
今朝は凄い雨でした。ビショビショになりました。電車が沢山遅延しました。私の所は地下鉄なので、影響は殆ど無し。しかし、台風が通過すると、雲を絡めとって大量の雨に変える為、一気に晴れ上がります。湿気がある所に日差し……もわーん。暑っ!
暑がりの私にはたまりません。それなのに、今日は上着を脱げませんでした。というのも、どういうわけかワイシャツが随分汚れているからです。汚れている箇所は背中と左腕のあたり。泥水をかけたような汚れが浮いていました。着た時から汚れていたのか? 通勤中に汚れたのか? あまりに汚れが目立つので、社内でも一日中上着を着ていました。たまらん……実は、そのワイシャツ、洗濯して干したまま雨に晒されてしまった物を、そのまま取り込んでただ乾かした物なのです。黄砂か何かの土埃と雨水による汚れなのでしょうか?
さて、今日は昼間から暑い思いをしたので、夕食は冷たい蕎麦でも手繰って(←何やら粋な言い方をしちゃいました)帰ろうと思ってそば屋に入りました。丼とのセットを食べたのですが、付け合せにひじき煮が付いていました。それにしても、ひじきって真っ黒ですよね。最初に食べた人は、何でこんな真っ黒な海藻を食べようと思ったのでしょうか。それを言うと、最初の人は何を考えてこれを食べたのか? と疑問に思う物が世の中には沢山あります。鳥や動物が食べているのを見て、美味そうだと思ったのでしょうか?
蕎麦もそうですよね。蕎麦を食べる文化の無い人にとっては、あんなセメントみたいな色をした物に食欲が涌く事が不思議に映るかも知れません。
駅員@今回は傘は壊さずに済みました
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2008年5月19日(月) |
駅日誌(908) 「南十字星の休息」 |
私の好きなバンドの一つである、サザンオールスターズが2009年より活動を休止するとのニュースがありました。
思えば、私が中学生時代に初めて購入したCDもサザンか桑田佳祐のソロの何れかでした。ん? 最初はBzだっけかな? にしても初の継続購入型になったのはサザンか桑田だったのは間違いありません。
今年の8月6日にシングルを出し、その前後に30周年記念ライブを行い、2008年中は盛り沢山の活動をしてから、2009年以降は休止です。30年もやっていれば、マンネリも起きるというものなのでしょうか。それにしても、寂しい限りです。しかし、最近はメンバーそれぞれのソロ活動も多くなって来ていました。そして、以前当日誌でも書いた通り、桑田佳祐ソロの「魅惑のAVマリアージュ」のライナーノーツに書いてあったコメントも何だか引っ掛かっていた所です。
寂しさもありながら、私の中ではちょっと複雑でもあります。と言うのも、サザン及び各ソロ活動のアルバムで、最も好きなのが、桑田佳祐ソロの「孤独の太陽」だからです。ソロの方が私の好きな楽曲になるのかも知れない……などという事も思います(これは生粋のサザンファンに怒られるかも知れませんが)。
さて、休止前最後のシングルが発売される8月6日と言えば、広島に原爆が投下された忌むべき日です。Rock'n'Rollの例に漏れず、サザンの中にはLove&Peaceの要素があります。そのバンドが出すシングル。広島をテーマにした楽曲になるかも知れません。それがA面になるのかカップリングになるのかは分かりませんが、メッセージ性の強い曲が一つはあるのではないかと思います。
駅員@30周年ライブ、行きたいな……
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2008年5月18日(日) |
駅日誌(907) 「静寂の夜」 |
昨日の日誌に書いた通り、夜を徹して過ごしたのですが、結局耐えられなくなり、昼寝をしてしまいました。嗚呼、これでは調整にならないではないか……
しかし、しんと静まり返った夜というのはなかなか落ち着くものです。たまに近場の自動車道を通る車やバイクの音を除いては。そんな中で借りていた本や、先日買った本、ゲームなんかをして過ごしておりました。こんな目が疲れる事ばかりするから、昼寝を余儀無くされてしまったような気もしますが。
どうも、私は生来夜型の人間のようです。とは言え、酒が入るとすぐ眠くなってしまうので、誰かと酒を飲んで夜を徹するのは向いていません……という事になると、随分孤独な状態に適している事になってしまいます。そのくせ、寂しん坊だから始末におえません。
駅員@この週末は暗い日記の連続だなあ
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2008年5月17日(土) |
駅日誌(906) 「眠れる森の…」 |
眠れる森の……美女の話ならば綺麗なのですが、過眠症の男の話です。今朝は会社の同僚とバスケットボールをする約束だったのですが、余りの眠気と体のだるさに、ドタキャンをしてしまいました。私自身、ドタキャンというのは、するのもされるのも嫌いな事なのに……そのまま15時くらいまで断続的に眠っていました。
以前から、休日は眠り過ぎる事が多いのですが、それはあくまで予定の無い日の話、予定があったのに眠り続けてしまったのでは重症です。それに、昨日は別段遅くまで起きていたわけではないのです。どうも、海外出張の後、以前にも増して過眠症に磨きがかかった気がします。これは、もしかしたら本格的に病気なのではないか? なんて、ちょっと思ってしまいます。しかし、病は気から。病気だと思ったら、病気になってしまうのだという気もします。
というわけで、今日は理由も無く徹夜し、明日の夜まで床に就かないでおこうと思っています。そして、明日の夜は早寝をし、リズムをリセット。勝負は次の週末に早起きをするという事。そこで沢山眠らないサイクルを作らないと、ずるずると平日も起きられなくなりかねません。
駅員@ただの怠け心?
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2008年5月15日(木) |
駅日誌(905) 「黄金の匙」 |
六本木に「ゴールデン・スプーン」というフローズンヨーグルトの専門店が出来たので行ってみました。何でもカリフォルニアで人気の、クリ-ミーで滑らかなフローズンヨーグルトの店だそうで、色々な味とトッピングがあり、アイスクリームショップのような店です。実際、ソフトクリームのような盛り方をします。
行ってみると、行列が出来ていました。雑誌にも載っていたので、結構人気なのでしょう。と、見てみると、なんと5月15日は「ヨーグルトの日」だそうで、トッピング無料サービスだそうです。ほう、これも混んでいる理由の一つか……列に並ぶと、店員がメニューの紙を渡してくれました。果物味の他、チョコレートやコーヒーといった、ヨーグルトと合うのかどうか微妙な物もあります。
私は無難に「プレーン何とか」に苺&アロエ&グラノーラのトッピングをしました。最小サイズはトッピング1つ、他のサイズではトッピングを3つ選択可能なのです(しかも今日に限り、無料で)。トッピングには果物やアロエ、ナタデココといったヨーグルト的な物から、ナッツやチョコスプレーまであり、この辺もアイスクリームショップ的です。無脂肪、低カロリーでサッパリした味をしており、夏にはもっと流行りな予感です。
ふとレジを見ると、黄金色に輝くスプーンが置いてあります。何でも、1日1名に限り、18金鍍金のスプーンが貰えるとの事。ちょっと欲しい……が、当たらず。きっと、これも客寄せに一つになっているのでしょう。
さて、金色のスプーンと言えば、急に思い出したのは、「スプーンおばさん」です。昔、テレビのアニメで観た記憶があります。あの主人公のスプーンおばさんが首から、金色のスプーンを提げてた記憶があるのです(おばさんというより婆さんに近い印象がありますが)。突然体が縮んで親指姫サイズになってしまうという特異体質の持ち主で、しかも小さくなった時には、動物と会話が出来るという能力があります。
調べてみると、1983年に放送されていたそうです……25年前! それからもう四半世紀か……
駅員@この連想、なんてメルヘンな脳なのだ
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2008年5月14日(水) |
駅日誌(904) 「ガクーッ!」 |
雨の中、傘を差して地図を見ながらウロウロウロウロ。平日の昼間に、人相の悪い男が、人のあまり通っていない市街地をウロウロウロウロ。借金取りか、容疑者を捜している刑事か、そんな風に見えそうだなどと思いつつ、ウロウロウロウロ。
しかし、辿り着けた目的地は、テナント募集中の貸し店舗になっていました。ガクーッと肩の力が抜けます。雨の降りしきる中、歩き回ったのが徒労に終わったなんて。別段、最近話題になっている店舗ではないのですが、仕事上でちょっと気になる点がある店だったので、足を運んでみたのです。開店から1年程しか経っていない筈なのに……世の中の移り変わりは早いものです。
そして、そこから引き上げて電車に乗った時に、更に肩の力の抜ける事がありました。
乗客の少ない路線だったのですが、ふと見るとちょっと離れた所に座っている男が、何やら振動しています。股を広げて、左手に持ったリュックと傘を胸辺りから膝の間までぶら下げて、目を瞑って口を半開きにして、振動しています。右手は、そのリュックの裏側にあり、何やら動かしています……こっ、こらー!!! 公衆(といっても周囲には人は殆ど居ませんが)の面前で何をやっとるか!!!
都市部にはおかしな人がいる者です……が、注意するのも怖いので、放置しました。
駅員@瞑った目の先には何が見えていたのか?
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2008年5月13日(火) |
駅日誌(903) 「天災バカボン」 |
西から昇った御日様が 東へ沈む。これで良いのだ。これで良いのだ。そんな主題歌を持つ漫画がありました。が、昨今アジアで起きている事を見ていると、これで良いのだなどと言えるような状態ではありません。
天災がバカバカボンボンと起きているのです。駄洒落から始まってしまい恐縮ですが、ミャンマーを襲ったサイクロン、中国四川省を襲った大地震です。サイクロンの後、関東(伊豆諸島も関東です)に台風2号が、四川の地震のちょっと前にも関東で夜中に何やら長い地震がありました。全然他人事ではないのです。日本は地震列島&台風列島なのです。
ミャンマーでは死者は10万人になろうかとの試算もありますし、四川ではまだ9万人が生き埋めだそうです。こういう風に大規模な災害が発生すると、そろそろ人類滅亡かなあなんて思ってしまいます。
よく、「地球に優しく」なんて言葉がありますが、最も地球に優しいのは、人類の滅亡なのだろうなあと思う事があります。それに、「地球に優しく」という言葉の本当の意味は「人類に優しく」という意味です。公害が発生しようと、生物が絶滅しようと、大気が汚染されようと、水が汚染されようと、実は地球自信にとっては、びくともしません。その肌の上を這いつくばっている生命体に有害なだけです。46億年の歴史の中で、今より温暖化の時代もあれば、今より空気中に色々なガスが漂っていた時代もあった事でしょう。それと比べれば、何て事はありません。人類が生存し得る環境の幅は、地球が存続し得る環境の幅から見れば、狭いものです。
例えば、部屋に除湿機を入れたとします。それに対して、ダニが「近頃の布団環境が破壊されている。湿度が下がってしまっている。皆で打ち水をして湿度を上げて、環境を守ろう!」と叫んでいるのと違いないのかも知れません。それでも、私も人類の端くれである以上、生きて行かざるを得ないのです。
駅員@この数日、寒いですね
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2008年5月12日(月) |
駅日誌(902) 「顰蹙エレベーター」 |
今朝、始業前に先ずは一服してからと思い、エレベーターホールに向かったのです。私の勤め先には、自分のいるフロアに喫煙所がありません。上の階に上がらないといけないのです。
エレベーターホールには下の階に下りようとしてエレベーターを待っている一群がありました。当然、エレベーターのボタンは下が押されており、全六台あるエレベーターの中の一つに、▽のマークが光っています。
そこで私一人だけが、上を押すと……同じエレベーターが光ってしまいました。もしも、ここでエレベーターがこの階に到着して、▽でなく△が点滅したら顰蹙を買うだろうなあ……などと思っていると、あっ! △! BOOOOOOOOOOOOOOO! あう〜……しかし、決して俺のせいではない!!
だが、分が悪い。私のいるフロアは、下に行くのは帰るのか、昼食を摂りにいくのか以外は、十中八九仕事の用事です。それに対し、上に行く用事は非常に限られています。特に私が喫煙者だとは皆分かっているので、十中八九煙草を吸いに行くのだと見られているのです。
駅員@そりゃ、やっちまったなあ! 男は黙って階段!
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2008年5月11日(日) |
駅日誌(901) 「雨を言い訳に」 |
金曜日にノートPCを持ち帰り、仕事をちょっと自宅でやろうかと思っていたのですが、現時点で殆ど着手していません。でも、例によって睡眠過多の状態にあるので、今日〜明日にかけての睡眠時間を削ってやろうと思います。
今朝、目が覚めた時点で、外からは雨の音が聞こえていました。まだ止んでいないのか、という事で二度寝をし、随分長時間眠ってしまったものです。「仕事に着手するのは、雨が上がって洗濯物を干してからだな」などと思っているうちに気が付けば夜……仕事を家に持ち帰る。これをやってスムーズに出来た事は滅多にありません。参った参った、いつからこんな怠け者になったのだろう?
駅員@生来?
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2008年5月10日(土) |
駅日誌(900) 「薬師寺展」 |
今日は朝から雨降り。昨日、海外出張の報告書の一部を作成しようと思い、会社のノートPCを持ち帰ったので、それをやろうかと思っていたのですが……昼前にちょっと用事があったので、外出したついでに、ちょっと行きたかった「薬師寺展」に足を伸ばしました。
上野の東京国立博物館で6月8日迄開催されています。平城遷都1300年記念として、奈良の薬師寺の国宝を中心とした企画展です。目玉は、国宝日光菩薩&月光菩薩でして、光背無しの蓮台+本体が運ばれてきていました(流石に、本尊の薬師如来は運べなかったようです)。
この両菩薩と聖観音菩薩、ともに近くでしかもライトアップされて周囲360℃から見られるのは非常に見甲斐のあるものではあるのですが、私の最大の感想は、「頭でっかち」というものでした(何と不遜な!)。実際、大きな仏像というものは、下から見上げた時にベストバランスに見えるように計算されて、元来頭でっかちに作られているのです。今回の展示では、聖観音〜日光月光に向かう途中の通路が高くなっており、仏像の頭に近い高さから見えるという場所があったので、その時に思ったのです。
やっぱり、大きな仏像は足元から見上げる以外の配置はいかんですよ!! 学芸員の悪戯心なのか? 演出ミスか? 休日という事もあり、雨なのに随分混んでいて辟易したのですが、その客の中の一体どれだけが、私と同じ事を思った人が一体どれくらいいるのだろう? 口にこそ出さないものの。
もう一つの目玉は、同じく国宝の吉祥天図。今回のトリを飾ります。本物の前に部分拡大した解説図があり、それを見て、「ああ見た事ある」と。有名な図です。して、実物は? ……ちっちゃっ! B4かA3くらいのサイズです。古いので色もくすんでいます。いや、それでも文化的に価値のあるものなのは間違いないのですが、世の中には実物を見ずに済ませておいた方が良い物もあるという事でしょう。
さて、その他で面白かったのは、玄奘三蔵坐像の手でした。左手に細い木箱のような物を持って、右手は……ピースサイン? をしているように見えます。何かの印なのでしょうか? うーん? しかし、左手に木箱を持っている以上、それは恐らく巻物が入った箱なのだと思います。ならば、右手は筆でないとおかしいのではないか!? では、ピースサインのような手には本来筆があったという事でしょうか? でも、ピースサインだとペン回しでもしているように見えるてしまうよなあ……
そう思って、薬師寺のサイトで玄奘三蔵坐像の画像を見ると、あれ、見たやつと違う? 右手に筆、左手に折り畳んだ紙を持っているとの事。にしても、やたら新しく見えます。薬師寺には玄奘三蔵坐像が2体あるのでしょうか。それとも記憶違い?
駅員@個人的には四天王像も見たかったのですが
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2008年5月8日(木) |
駅日誌(899) 「サイクロン号」 |
仮面ライダーの愛車、サイクロン号。このサイクロンとは何ぞ? と言いますと、それはインド洋で発生し、東南アジアに向かう台風の事を言います。
過日、ミャンマーを大型のサイクロンが襲いました。現在の所、死者4,000人あまり。最終的には1万人に達する見込みだそうです。1万人の人間を殺す風とは……恐ろしい。台風列島日本ですが、ここまでの破壊力を持った台風は流石に来た事がありません。
しかし、天才の影に凡才あり。もとい、天災の影に人災ありでして、軍事政権の対応がのろま過ぎた事も死者が増えてしまった一因だそうです。
ですから、こう言っては1万人も死んでいるのに不謹慎ですが、軍事政権打倒の為のラッキーな風であったとも言えるのではないか? と思います。もしかしたら、昨年デモを起こした僧侶たちの加持祈祷によって呼び起こされた風なのかも知れない……などと捻くれた捉え方をしてしまいます。
駅員@不謹慎ですいません。合掌
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2008年5月7日(水) |
駅日誌(898) 「古今東西」 |
おっと、誤変換。「胡錦涛 在」と打とうと思ったのです(大嘘吐き! こんな誤変換あり得ない!)あり得ない……と言えば、最近よく見る、猿が出て来るCMの、欧州語っぽい歌詞が「ありえなーいー♪」と言っているみたいに聞こえる空耳アワーみたいな曲、元々は何て言っているんだろうと気になります。
というわけで、ちょっと調べてみた所、「A-RI-E-NAI」というタイトルのオリジナルソングだそうで、そのまんま「A-RI-E-NAI」と歌っているそうです。最近はソフトバンクみたいに白い犬まで出て来て、冗談の好きな会社みたいですね。
閑話休題。のっけから脇道に逸れてしまいました。
昨日は海外出張の後、一発休日出勤しないとどうもまずそうだぞ、という事でGWの空いている下道に愛車を転がして会社に行きました。その時、休日のオフィス街にも関わらず、どうも外が騒がしい。何ぞ? と思って見ると、チベット問題を訴えるデモでした。そうか、胡錦涛の来日に対してのデモか。
欧州を始め、国際的に物議を醸している中国のチベット弾圧ですが、今回の来日は何とか近隣諸国との関係を良好に保とうと目論んでの事でしょう。2つのP外交を展開してきている模様です。一つはパンダ、いま一つはピンポンです。うーん、国際情勢もパンダの可愛さで煙に巻いてしまおうとは! 中国政府のこういった小ずるい政治手法は嫌いなのですが、外交カードがいっぱいあるのは流石と思わされます(パンダやピンポンが本当に外交カードたり得るのかどうかは置いておいて)。
過去現在洋の東西を問わず(古今東西)、こういった権謀術数のテクニックというものは、色々あるものですね。日本も、竹中半兵衛みたいなテクニックのある政治家が出て来ないものか、と思います。福田も小沢もどうも不器用ですよね。
駅員@最後に無理やりタイトルに合わせました
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2008年5月6日(火) |
駅日誌(897) 「帰朝報告・下」 |
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2008年5月6日(火) |
駅日誌(896) 「帰朝報告・上」 |
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2008年5月4日(日) |
駅日誌(895) 「銀幕寸評」 |
4月25日〜5月2日迄、海外出張に行っておりました。行き先は、独逸(ドイツ)と西班牙(スペイン)。仕事&観光通してツアー形式であり、「ツアーコンダクターが居る事の安心感」と、「集団から逸脱した勝手な行動は御法度という制限」の両方を味わった印象です。
私は海外に出るのは初めてなので、安心感の方が強かったと言えます。とは言え、そも集団行動が得意な方ではないので、疲れました。
ドイツでは、昼晩の食事で必ずビールを飲み、スペインでは、昼晩の食事で必ずワインを飲む事になりました。私は元来酒が強い方ではないので、仕事部分の事もちゃんと覚えているかどうか不安です。
勿論、仕事部分については、連休明けに色々と報告しないといけない訳なので、明日・明後日の祝日は会社にちょろっと出て、色々小細工をしないとな、と思っています。
ん? そんなに不安ならば、帰って来た次の日であるところの3日・4日(昨日・今日)に行けば良かったではないか……うーむ、荷物をちょっと片付けては、嫌になり、ゴロゴロしたりしている内に、もう日曜の夜になってました。帰朝後2日間、全くの駄目人間状態です。時差呆けというやつなのか? はたまた生来の怠け癖なのか?
写真をまだ整理していないので、観光関係の日誌は明日の休日出社以降に書こうと思います。仕事の写真を整理するついでに、観光写真も整理出来そうですから。
というわけで、今日は写真がなくても書ける部分について。飛行機の中で見た映画の銀幕寸評をしようと思います。以下、タイトルの右の☆が私の主観的評点であり、5ッ☆満点です。
「アイ・アム・レジェンド」 ☆☆☆
ウィル・スミス主演の、SFホラー(?)でしょうか。舞台は2012年のニューヨーク・マンハッタン島です。癌の特効薬が開発されたというニュースから数年。その特効薬がウィルスとなり、人類が死滅してしまった世界が舞台となります。
動物は生き残っており、そこいらに鹿やライオンがウロウロしています。その中で、愛犬と一緒に只一人、生き残りの人間を探している主人公。人っ子一人いないマンハッタン島を生き残りを探して動き回ります。但し、行動出来るのは昼間だけ。夜間は凶暴な狂人が出て来るので、痕跡を断ってから民家に隠れます。「人類は死滅した」というのは、あくまで狂犬病に冒されていない人類は、という意味で、日光に弱い狂人になってしまった人類が跋扈しているのです。主人公のもう一つの日課は、この狂人を巣から捕えてその治療薬の実験台にする事。彼ら狂人を治癒する事が出来れば、まだ大多数の人間は蘇ります。
圧巻なのは、CGを駆使して作った廃墟と化したマンハッタン島と、そこを駆け巡る動物や狂人です。しかし、どうもストーリーには捻りが無いというか、いま一つ面白くないのが残念でした。
「ザ・グレート・ディベーターズ」 ☆☆☆☆
デンゼル・ワシントン監督・主演の、実話を元にしたヒューマンドラマです。舞台は1935年の米国南部。当時はまだ人種差別が当り前のものとして横行しており、黒人は黒人だけの大学に通い、完全に白人とは別個に扱われていました。そんな虐殺あり、差別的扱いありの中で、ある黒人大学の弁論部(ディベートの腕を競う部)が勝ち進んで行く様を描いています。
物語の核となる「ディベート」は、ある命題に対し賛成側と反対側の2手に分かれて交互に意見をぶつけ合い、どちらがより説得力があったかを競うものであり、正直、派手さのある映画ではありません。しかし、舞台・時代・人間関係の葛藤等が良く描かれており、ストーリーの主軸以外の部分が見所だと言える映画ではないかと思います。
「言葉」が核になる作品なので、もしかしたら、翻訳の仕方によって随分印象の変わる映画になるかも知れません。
「ジャンパー」 ☆☆☆
SFアクション映画です。主人公は、ある日突然、瞬間移動能力を身に付けた高校生であり、それまでの地味で大人しい人生が180度転換し、自由を謳歌します。
当初の主人公の最大の願望は、嫌いな父親との父子家庭からの脱出及び自由な生活。瞬間移動が出来ても、真に自由を勝ち取るには、どうしても金が必要になります。主人公が最初に手を付けるのは、銀行の地下金庫。主人公は、金庫に侵入して金を奪います。この辺り、誰もが考えそうだが、物語の主人公としてはしない事ではあります。
そうなのです。この映画の主人公は、この手のSFヒーローが義務感から行いがちな善行は、一切行いません。自らの力を人の役に立てようとは全く考えないのです。ただただ、自らの欲望を満たす為に使います。ある意味非常にリアルだと言えます。しかし、そのせいか、私は主人公の自分勝手具合に不快感を抱く事になりました。これはこれで不思議なものです。普通のヒーロー然とした主人公に対しては、「わざわざそんな事をしなくても、こうすれば良いのに」なんて思って観ているのですが、観ながらその逆の感情を抱いている自分に気が付きます。そして、その感情が、主人公と敵対する組織「パラディン」(聖騎士という意味ですが、魔女狩り組織のようなものです)の存在感にもっともらしさを与えてもいます。通常、超能力を手に入れた者は私利私欲で動くものであり、それを取締まる組織が出来て当然だと思わせるのです(通常のヒーロー物だと、主人公を取締まる組織は単なる憎まれ役にしかなりません)。即ち、「主人公が特異能力を手に入れる」という使い古された設定の中では、寧ろ新鮮味があると言えます。しかし、それが快か不快か、私には不快な印象も強かったのです。使い古された形式が、何故マンネリから脱する事が出来ないのか、その一因を見た気がしました。
肝心の観光ネタは明日以降に書こうと思います。
駅員@引っ張っているわけではありませんよ
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