2012年10月度目次 (御意見御感想は掲示板にどうぞ)→

 #1886 「崩壊」 資本主義・民主主義の崩壊は近いのかも知れない。
 #1887 「甘辛」 世の中には4種類の人間が居る。
 #1888 「同族嫌悪」 互いに嫌い合う人々、ニュートラルに接したいものです。
 #1889 「希臘」 ギリシャを漢字で書くと。
 #1890 「新人」 コンビニエンスストアでの一幕。
 #1891 「銀幕寸評」 (映画レビュー) “劇場版・珍遊記”。
 #1892 「万能」 ノーベル医学生理学賞。
 #1893 「地方」 地方分権、ゆるキャラ、御当地アイドル、御当地ヒーロー。
 #1894 「目」 青,赤,黄,白,黒。
 #1895 「卵」 チョコエッグ。
 #1896 「玉子」 Kinder Joy。
 #1897 「即決」 急いで探しております!
 #1898 「笑」 フレンチ・エスプリの本質は黒い笑いである。
 #1899 「爆発」 丸ノ内線本郷三丁目駅における爆発。
 #1900 「瓦版割り」 (時事ネタ) 文字通りの基地外行動。
 #1901 「庭園」 駒込・六義園。
 #1902 「瓦版割り」 (時事ネタ) 疑わしきは……
 #1903 「瓦版割り」 (時事ネタ) ヤンキース・イチローの去就。
 #1904 「醤油」 魚型醤油容器。
 #1905 「忙殺」 忙しいと言う人・言わない人。
 #1906 「河童」 金色に輝く河童像。
 #1907 「瓦版割り」 (時事ネタ) 乗り込んで来る一派。
 #1908 「仏像」 近江路の神と仏展。
 #1909 「白青黒」 サウイフモノニ ワタシハナリタイ。
 #1910 「仮装」 ハロウィンって日本にも定着しましたね。

  by 駅員 @ 地獄三丁目駅

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2012年10月31日(水)
駅日誌(1910) 「仮装」

10月31日、今日はハロウィンです。その起源はケルト民族の収穫祭で、写真のようなJack-o'-Lantern(ジャックランタン)という南瓜頭が有名です。

近年は日本にも定着しましたね。子供の頃から「ハロウィン」という言葉はありましたが、誰も何もして居ませんでした。当時は、あのジャックランタンの名前が「ハロウィン」というのだと思っていたくらいです。「ジャックランタン」の方は、知ったのは女神転生というヲタッキーなゲームをやり出した頃でした。あシリーズをやっていたせいで、神話や御伽噺のキャラクターにやたらと詳しくなってしまった感はあります。
ハロウィンを定着させたのは、矢張りディズニーランドでしょうか? ディズニーよりも先に日本で何らかの事をやっていた人や組織は勿論あったとは思います。しかし、数年前からディズニーランドが秋の集客ネタにハロウィンを強烈に推すようになり、それが広まって定着したという感が強いです。
ハロウィンと言えば仮装パーティー。悪魔、魔女、骸骨、幽霊等……広義でのオバケの仮装をするというのが定番です。特にコスプレイヤーの方々は燃えるイベントなのでしょうね。しかし、仮装というのもやってみたいものです。私なら……白一色の死装束を着て、頭に三角形の布を付けて和風幽霊をやりたいなあ。懐に「波浪院」と書いた位牌を入れて、自分の写真の遺影を持って。
おっと、これでは仮装パーティーではなく、火葬パーティーか!!

2012年10月30日(火)
駅日誌(1909) 「白青黒」

「ブラック企業」なる表現があります。即ち、就労条件、労働環境、賃金、人間関係等が悪い会社……なるべく入りたくない会社、という感じですね。
昔は、ホワイトカラー(ワイシャツの色)とブルーカラー(作業服の色)という言葉があり、ブルーカラーは3K(きつい・汚い・危険)という風に言われていましたが、現在では大した区分ではありません。寧ろ、終身雇用が保障されなくなった今は、「手に職」だの「ガテン系」だのと持て囃されていたります。
私は元々のホワイト/ブルーの区分、その逆転的持て囃しのいずれもどうかと思っていますが、兎に角、ホワイト/ブルーなんて区分よりもブラックという表現が増えている昨今です。
で、ブラック企業では、過労死だの、残業代無しだの、説教部屋だの……そんな事が起きているそうです。「そんな会社なんか、社長なり上司なりをぶっ飛ばして辞めてまえ!!」とは、言うは易し行うは難しなのでしょう。先日の日記で尼崎の角田一味事件の事を書きましたが、あれにあったようなマインドコントロールが行われているのだと思います。それに、終身雇用が崩壊したのに、再挑戦がしにくい社会での辛い所ですね。窮屈でありながら窮屈に耐えても報われない、という。
と、現代社会を批判するような事を書きましたが、そんな事はもしかしたら、古来変わらないのかも知れません。ただ単に、他人の事が伝わるメディアが増えたせいで最近そうなったように見えるだけかも知れません。ブラック企業がある一方でぬるま湯体質の会社なんてのも沢山あります。現に、私の勤め先もぬるい方だと思います。寧ろ、もっと辛口にした方が良いのではないかと思う事もよくあります。随分上の先輩などは「お前はまだ地獄を見てない」などと言いますが、本人を見ているとぬるま湯もぬるま湯、本当に地獄を見たのか? と思います。
「最近の若者はなっとらん」という言葉は、紀元前にはもう粘土板に彫られていたとか。「老害」に近いニュアンスの事も同じくらいから言われてそうです。大昔から大差ないのではないか?
矢張り一番は中庸の思想か。ホワイトが偉いわけでもブルーが偉いわけでもなく、組織はブラックでもいけないが、ぬるま湯でもいけない、と。
中途半端なつまらない結論に見える事と思います。しかし、中庸とは単に中間点を取るという意味ではありません。ニュートラルな感覚で最適を導き出す事です。そして、中庸の悟りの行き着く先こそは超人です。理想は、インテリタイプを知力でやり込め、DQNタイプを腕力で捩じ伏せ、ブラック環境とぬるま湯を心力で撥ね除ける、サウイフモノニ ワタシハナリタイ。

2012年10月29日(月)
駅日誌(1908) 「仏像」

先日、三井記念館に「近江路の神と仏」展を見に行きました。滋賀県は、木像の作例の多い地域です。殊に十一面観音菩薩が多いです。そういうわけで、滋賀県の仏像・仏画を中心とした企画展です。これが三井で開かれたのは、矢張り、三井高利の先祖が元々は近江源氏の末裔(異説あり)だからでしょうか?

小さい釈迦天上天下唯我独尊像を皮切りに、仏像、仏画、仏具が展示されています。国宝もありますが、殆どが重要文化財。特に注目だったのは、前述の十一面観音です。しかし惜しむらくは、360°見られる展示ではない点。十一面観音は、後ろから見られたら面白いのに……後ろにある顔は歯を剥き出して笑う「大笑面」という顔です。本来は正面からしか見られない仏像の隠し要素なのです。うーむ、背面からは秘仏みたいな掟でもあるのでしょうか。
さて、仏像も良いのですが、今回の展示は「神と仏」です。仏像だけでなく、神像もあります。通常、神道の本尊は鏡なのですが、木像もあるんですね。貴族のような姿の男神像や、口元を隠す女神像もありました。これはなかなかレアです。
仏画のコーナーには曼荼羅もあります。滋賀の仏教と言えば、比叡山延暦寺。延暦寺は天台宗なので、密教です。だから、曼荼羅もあるのです。他には掛軸の「釈迦十六善神図」。釈迦如来&脇侍を中心に、武人姿の神々が並びます。手前には、玄奘と深沙大将が双璧を為しています。玄奘は三蔵法師ですね。深沙大将は、首に髑髏のネックレスを提げた半裸の僧形です。玄奘と並んでいる、首から髑髏の僧形。そして「沙」の字……誰かが連想されませんか? そう、沙悟浄のモデルになった人物です。

2012年10月28日(日)
駅日誌(1908) 「瓦版割り」

時事ネタ日記「瓦版割り」です。尼崎の民家の床下から発見された死体と、そこから次々に出て来た疑惑の数々。徹底的に掘り起こせば、悪い奴、頭のおかしい奴がゴロゴロ出て来そうな事件です。今回はこのネタで一本。
死者・行方不明者の多さ、人物相関図の巨大さに驚かされる事件です。中核を為している疑いがあるのが、角田美代子というおばさん。このおばさんとその取巻の男たち(以下、角田一味)による一連の事件群です。被害に遭った人々は普通の生活を送っていたのに、ある日一味が乗り込んで(この表現も凄いが)来てから、その生命や財産を脅かされるに事になっています。関係者は否定すると思いますが、行方不明者も恐らくもう生きてはいないでしょう。
何が怖いって、人間関係を持っている人間――無い人間は先ず居ません――であれば、誰でも標的になり得るという点です。例えば、貴方の兄弟姉妹の誰かが結婚したとします。その結婚相手の遠い親戚を名乗る人がある日やってきて、最初は寄生虫のように金の無心を始め、やがては屈強な男たちも入り浸るようになり、飴(相対的に飴なだけで、実質は零)と鞭を駆使したマインドコントロールを用いて、徐々に強奪に移行。命までもが金に変えられて行くわけです。
何だかこの構図……大津市立皇子山高校での生徒死亡事件(私はまだ、自殺か殺人かを決め兼ねます)に近い匂いがします。周辺住民に歪な影響力を持つ凶暴な一味の暗躍。そこに落ちない天誅。角田一家も周辺住民から得体が知れないが怖い連中だと思われていたようです。

さて、角田被告の右腕であり従弟の、暴力装置:李正則。「生まれた所や皮膚や目の色で」人を差別するつもりはないのですが、この名前は朝鮮人でしょう。在日朝鮮人には通名という仕組みがあります。即ち、本名とは別に日本風苗字を持てるという仕組みです。古くは日韓併合時に日本国民とするため(差別されるのを防ぐため)に出来た制度です。この制度、悪党にとって非常に都合の良い制度です。何故なら、一家乗っ取り、入れ替わり、成り済ましをするのに持って来いなのです。
「日帝が強制した」なんて言っているくせに、「通名の廃止」を訴える在日朝鮮人が殆ど居ないのは何故でしょうか? 実際は、日本社会に馴染んで今更戻したくない人が大半なのだろうとは思いますが、邪悪な黒い力が働いているせいでもあると思います。
角田被告にも「成り済まし」疑惑があります。本物の角田美代子はとうに死んでいるのかも知れません。どうしますか? 地元の10年も20年も会っていない友人が、いつの間にか別人になっていたりしたら……
例えばこんな会話……「あれー? ○○君、随分印象が変わったね」 「そうかい?」 「小学校卒業以来だもんな。そう言えば、小学生の時、君だけ朝顔が咲かなかったんだよな」 「ふーん? 覚えてないなあ。それよりさ、△△君って、□□さんと結婚したんだって?」 「ああ、そうそう。△△も隅に置けないよな」……この会話において、○○君が仮に成り済ましでも、気付かないでしょう?

2012年10月27日(土)
駅日誌(1906) 「河童」

河川に潜み、夜な夜な畑の胡瓜を貪る、緑色の怪物……河童。日本のUMA(謎の未確認動物)です。実物を見た人は居らず(とされており)、古来様々な伝承やイラストが残っています。ある姿は醜く、ある姿は可愛く。芥川龍之介はその知的UMAとしての側面を使って、人間とは異なるコミュニティを形成している知的生命体として描き、その社会を描く事で人間社会を風刺するという小説を書いています。

その河童の非常にリアルに造形された銅像を見掛けました。その姿は、全身が金色に輝き、王者の威厳を放つ荘厳な銅像です。頭の皿の周りはまるで王冠のようです。右手には釣竿、左手には鯛。見よ、この堂々たる体躯を……

その名は河太郎。王者の威厳=カメハメハ大王のような威厳……カメハメハ大王も何か棒を持って居た記憶があります。建立したのは台東区長だそうで、合羽橋商店街の守り神のようになっています。御利益は商売繁盛。合羽と河童を引っ掛けて、合羽橋にはカッパキャラが沢山居ます。その中で特に気合が入っていたのが、この河太郎でした。
腰に布を巻いていますが、果たして河童の股間にも何かあるのでしょうか? おっと、よく観察してみると乳首があります。乳首があるという事は哺乳類。ならば、股間にもあるべき物があるという事か。しかし、顔には嘴があり、手足には水かきがあります。哺乳類で、嘴と水かき。河童はカモノハシが知的生命体へと進化した存在という事なのか……?
さて、ここで気になるのは、日本で河童の伝承が出来た時代と、カモノハシという動物が知られるようになった時代の前後です。もし後者の方が古ければ、河童が想像されたのは簡単になります。しかし、オーストラリアに生息するカモノハシが欧米人によって世界に知られるようになったのは1800年頃。河童は日本、或いは外来の部分的要素があったとしても中国でしょう。そして、江戸時代以前から伝承はあるので、河童の方が古い事になります。それとも、もしかしたら、太古の昔にはカモノハシがアジアにも生息して居た? 或いは南方系民族がカモノハシを連れて船で日本に来た事がある?
どれもこれも想像の域は出ません。霊長類以外から進化した知的生命体の存在は、非常に浪漫のある話なのですが。

2012年10月26日(金)
駅日誌(1905) 「忙殺」

Business=busy+nessです。即ち、仕事=忙しさなわけです。よって、銭を貰っている以上は忙しくて当然なわけです。
同じ忙しさなのに、忙しそうな気配をなるべく見せない人と、「忙しい、忙しい」とすぐ口に出す人が居ます。言うまでもなく、前者の方が粋な職業人という感じで好感が持てますね。
普段、私は「忙しい」はなるべく口にしないようにして居ます。私の見立てでは、しょっちゅう「忙しい」と言っている人は「忙しい」と口にしない人より、ただ能率・要領が悪いだけという風に見えます。忙しそうに、或いは逆に暇そうに見える事よりも、能率・要領が悪い奴に見える事の方が遥かに嫌です。
そして、「忙しい、忙しい」と口にする人にも二種類あります。「他人もそうだ」と思っていそうな人と、「自分が特に忙しい」と思っていそうな人です。前者ならばまだ良いのです。ちゃんと人の忙しさも気遣えますから。後者は「自称・忙しい人」ですね。そんな人は大抵、大して忙しくないのだと思います。それこそ、前述の、能率・要領が悪いだけの人間でしょうね。

……なんて、偉そうに講釈を垂れている私自身も、「忙しい」とは言わないだけで、忙しい時は矢張りカリカリしてしまっています。辛子色のオーラが出ている(何やそれ)とか言われます。

2012年10月25日(木)
駅日誌(1904) 「醤油」

砂糖、塩、酢、醤油、味噌……日本の調味料「さしすせそ」です。ここで、若者は「え? それだと、“さしすしみ”じゃないの!?」などと言いますが、醤油=せうゆ、味噌=味わいのある噌、というわけです。
そして、古来から伝わるこれらの調味料には、それぞれ独自の進化をしたイレモノがあります。近代では、弁当に入っている醤油が魚の形をしたプラスチック容器に入っている場合があります。そこに目を付けたアート集団が、面白い商品を出しています。その名も「たれびんストラップ」。
魚型醤油容器は通常は「鯛」の形をしていますが、それに色々なバリエーションを作って、ストラップにした商品です。スタンダードの鯛(造形はオリジナルで、より真鯛の形に近い)に始まり、鮪、ナポレオンフィッシュ、琉金(リュウキン)、撞木鮫(ハンマーヘッド)、シーラカンス、海豚(イルカ)があります。

販売形態はガチャガチャ。先日、たまたま発見して、速攻で買ってみました。欲しかったのは、琉金か撞木鮫かシーラカンス……残念、出たのはそれ以外でした。

2012年10月24日(水)
駅日誌(1903) 「瓦版割り」

昨日に続いて時事ネタ日記の「瓦版割り」です。
イチローが今シーズン終了でメジャーのFA権を取得します。で、中日と巨人が食指を動かし居ているとの事。
はい、ここでいきなりの予想をします。中日に来る!!! 根拠は、イチローの出身高校=愛工大名電です。最後には故郷に錦を飾るのでは? と。奇しくも、今の中日のユニフォームは、イチロー在籍時のオリックスのユニフォームに似ています。上半身紺色&下半身白なのです。そして、イチローに巨人は似合わない。

……と、言いたい所ですが、実際にはヤンキース残留か、メジャーの他のチームに移籍するんだろうなあ。今の中日に来ても大島(多分、イチローに憧れている)とスタイルが被りますし……
メジャーでとことんまでやって、引退してから中日のコーチという線もありそうです。

2012年10月23日(火)
駅日誌(1902) 「瓦版割り」

先日、サブタイトルとして設けた「瓦版割り」=ニュース割り。その第二回目は、前回と同じ沖縄米兵強姦致傷容疑事件です。

前回の末尾で、別段米兵を擁護するわけではないが、まだ「容疑者」であるという事を書きました。「非国民!」くらいの批判が来るかと思ったら、特にそういうのは無し。世の中の人がクールなのか、それとも私の書くような駄文は人の目に触れていないのか……それはさて置き、批判が無いのを良い事に、今回はもっと突っ込んで書いてみようかと思います。
「疑わしきは被告人の利益に」これは刑法の大原則です。そんなサスペンド状態ではありとあらゆる疑惑・憶測が湧いてきます。もっと突っ込んで書くというのは、まだ「冤罪疑惑」もゼロではないという事。
「被害者の気持ちを踏み躙る鬼畜だ」と言われそうですが、今の段階では「ゼロではない」です。時期が時期だけに「米軍基地に反対する人々の中の特殊な一派の手による工作」という可能性も無きにしも非ずだと思います。駐留している米兵がたとえどんなに阿呆だとしても、今のタイミングでやらかす程の阿呆なのか? という疑問があるのです。自分で書いていても、結果的に大外れの公算が高いですが、現段階ではどんなに可能性が低くても排除するのは法の精神に反します。

ここがアフリカのサバンナだとします(何の話や)。手負いのヌー(牛のような動物)が歩いている所に、肉食獣Aの群れが現れました。Aがヌーを狩り、食事に入ろうとすると、横から肉食獣Bの集団がやって来て、Aを取り囲んで、Aの餌を横から奪い取りました。
さて、ここで問題です。A/Bの組み合わせは次の内どちらでしょうか? (1)A=ライオン/B=ハイエナ、(2)A=ハイエナ、B=ライオン。

(1)を選んだ方はハズレ、(2)を選んだ方もハズレ。答えは「この情報だけでは、(1)の可能性も、(2)の可能性もある」です。しょーもねえ……という声が聞こえて来そうです。イメージでは(1)が多そうですが、実際は案外(2)のケースも多いのだとか。
こんな譬え話をして結局何が言いたいのか。矢張り、現状は「容疑者」段階だという事です。そして、その段階で身柄を米国が預かってしまっては、有耶無耶になってまうだけではないかという事です。犯人だったとしても冤罪だったとしてもです。というわけで、結論は前回同様、日米地位協定の見直しのススメ。
私のスタンスは、国防的には沖縄米軍基地は存続せざるを得ない(立地は市街地からは移して欲しい)が、日米地位協定は見直すべきだ、という立場です。
あと、私が個人的に以前から力説しているのは「レイプ魔は去勢の刑が妥当なのになあ」という事。こういう主張も、先ずは罪の確定が肝になるのです。

2012年10月22日(月)
駅日誌(1901) 「庭園」

東京23区は案外自然が豊富です。公園、庭園、緑地、遊歩道……この週末に駒込の六義園に行きました。文京区の二大庭園の一つです(もう一つは小石川後楽園)。
江戸時代に造園され、明治時代には三菱財閥を立ち上げた岩崎弥太郎が所有し、昭和時代に東京都に寄付されました。うーむ、考えようによっては、スリーダイヤモンド・ブランドの庭園とも言えましょうか。
この庭園のメインは中央部の池とそれを巡る通路。江戸の地から遠い西の地・紀州和歌の浦を再現したというのがコンセプトです。
 

バブル入社等、私よりも上の世代の人は「日本庭園なんて、若いのに枯れた趣味だ」などと言いますが、案外若者も居るものです。バブル時代の「若者らしさ」という概念こそが最早枯れているのではなかろうか? 動植物が豊富で、それでいて計算して造成された庭園というのはなかなか面白いものです。西洋庭園は幾何学模様等、「自然という素材を、人工的美しさに則って配置にした庭」であるのに対し、日本庭園は借景等、「自然という素材を集めて、人工的に自然を再構築した庭」という感じです。
動植物と書きましたが、動物は鴨等の野鳥、鯉、亀あたりです。売店で鯉の餌・亀の餌が売られていたので購入。餌が売られている池はどこでもそうですが、鯉が貪欲です。水面に近付くと、ガパァッ! と大口を開けて寄って来ます。一方、亀はよちよちと泳いで来ます。私が買ったのは亀の餌ですが、投げると鯉も寄って来ます。スピードもパワーも鯉が上で、亀にやろうと投げると、大きな鯉の集団が我先に大口を開けて迫ります。その勢いに翻弄される亀。もうちょっと頑張れ! うお、空からは鴨も襲来! ここからは、如何に鯉に奪われずに亀に餌をやるかというゲームになりました……
この感覚、ちょっと文学的だと思ったのですが、如何でしょう? 私の中では、志賀直哉の「城之崎にて」、小林一茶の「やせ蛙」の句が想起されました。六義園で文学的感覚を持つ……庭園の主旨に沿っているのかも知れません。というのは、六義園の「六義」とは、詩を6種類に分類する言葉なのです。

2012年10月21日(日)
駅日誌(1900) 「瓦版割り」

映画について日記を書く時には、いつも「銀幕寸評」という題を付けているのですが、私の日記は時事ネタも結構ありますので、そっちにも題を付けようかと。そこで、ニュースを私なりに掘り下げて書く時には、これから「瓦版割り」というタイトルにします。瓦版=新聞=ニュースを割る、といったような感じです。果たして割れる程のインパクトのある記事を書けるかどうか……

先日、沖縄駐留米兵による強姦致傷容疑事件(「集団」と言うのはイメージ操作臭がするので、「集団」とは書きません。容疑者2名)が発生。容疑の通りなら、文字通り「基地外行動」です。
沖縄県民は勿論の事、米軍、日本政府並びに防衛省にとっても、「よりによって今やらかすなよバカタレ」という事件でしょう。こう書くと「時期の問題などではない」という意見が出て来そうですが、「時期の問題ではないわけではない」と私は思っています。民主党の「最低でも県外」のインチキ公約によって、住民居住地域のどまん中にある普天間基地を辺野古に移設するプランが潰れ、それ以降は事ある毎に反対の嵐。そのタイミングでこの事件。行動自体はいつ何時起きても悪い事ですが、更に時期も悪いという意味です。
さて、米軍に入るアメリカ人は大きく分けて2種類かな、と。一つは軍人という職業に何らかの憧れを持って入った人、もう一つは軍人くらいしか向いている職業が無い人。積極的軍人とデモシカ軍人としましょうか。今回の容疑者はどちらでしょうか? 無論、積極的軍人でもそのモラルが狂う事は往々にしてありますが、デモシカ軍人ならば言うまでも無い事です。
もう一つ気になる点は、軍事評論家の田母神俊雄が言うには、事件発生は早朝4時だったとの事。田母神は「朝4時に女の子が外で何してたの?」とツイートしたそうな。これには「朝早くから外を出歩いてる女が悪いとでも言うのか?」という非難が出て居ます。きっと、これはもっと問題発言になりかねない含みを持たせていますよね。おっと、これは推測の推測……
で、問題は「事件を起こす米軍は出て行け〜!!」などという短絡ではなく、「治外法権があるのはおかしい」という事に尽きると思います。問題点は「駐留米兵は、日本の刑法では裁けない」という点です。
米兵に限らず、どこの人間だってその何割かは罪を犯すもの。日本人にも、例えば中国人や韓国人にも、レイプ魔は居ます。特亜の方々はもしかしたら件数ではアメリカ人より多いかも知れません。「駐留米軍=悪」ではなく「レイプ魔=悪」だという冷静さは欲しいですね(この文は「駐留米軍」を「日本人」「中国人」「韓国人」に置き換えても同様)。で、それを通すためには「治外法権」があったら困る、というわけです。
一方、デモの人々が言うように沖縄から米軍を引き上げるとすると、その代わりとなる防衛力を持つには日本軍を組織する必要があると思いますが、ここの所は如何なのでしょうね? 私は、今回の事件はそんな国際防衛の話ではなく、極めてローカルな地域における罪刑法定主義の在り方の話だと思って居ます(日米地位協定は、日米のやりとりにはなるのですが)。
罪刑法定主義という言葉を出しましたが、その流れでもう一つ法律的な話を。容疑者を擁護する気はありませんが、まだ「容疑者」で、「犯人」ではありません。犯人と明らかになれば憎むべきですが、そのためにも日本の刑法で裁けるようにしないと。

2012年10月20日(土)
駅日誌(1899) 「爆発」

昨日の夜、ちょっと情報交換のために飲んでおりました。アルコールが入ると眠気が来る私は、案の定途中でちょっと眠ってしまいました。宴も酣、お開きとなり、その店からの最寄りの駅はJRなのですが、私はちょっと歩いて一本で帰れる地下鉄へ……

夜0時半頃、地下鉄丸ノ内線の本郷三丁目駅に停車中の車輌内で、液体の入った缶が爆発。乗客11人が負傷する事件が発生。
最初はテロかと思ったのですが、後でそのニュースを見てみると、事故のようです。業務用洗剤を自宅で使おうと思った人がコーヒーを飲んだ後のボトル缶に入れて職場から持ち帰ろうとして、それを振った時に破裂したそうです。
洗剤なんかがそんな事で爆発するものなのか? その業務用洗剤というのが、どうやら強アルカリ性の強力洗剤だった様子。洗剤の中の水酸化物がアルミニウムと反応したのだとか……
私は化学屋ではないので、正確な所は分かりませんが、水酸化物=M(OH)の、O=酸素がアルミニウムとくっ付いて酸化アルミニウム化すると同時に、M(OH)のH=水素が遊離し、密閉空間であるボトル缶の中にその水素が充満し、内圧がボトル缶の強度を超えてしまった所に、振るという物理的刺激が掛かって破裂したという事でしょうか。
言わば「混ぜるな危険」の一種かな、と。飲み物のイレモノは、洗剤のイレモノにする事を想定していませんからね。想定されていない使い方は自己責任で、という事になると思います。問題は、自己責任の範疇に収まらない他者への被害ですね。損害賠償責任は発生するのではなかろうか? もう一つ心配なのは、この事故に着想を得た何者かが、模倣犯に近い事をしないか、という事です。

さて、思わせぶりな枕を書きましたが、幸い、私の乗った地下鉄は丸ノ内線ではありませんでした。帰って寝る前にテレビで見ました。

2012年10月18日(木)
駅日誌(1898) 「笑」

笑いの質というものは、普遍的無意識で通じ合う部分もあるのですが、文化・民族によって異なります。
サッカーの国際強化試合が、最近二つありました。フランスには金星、ブラジルには完敗……フランスに対して金星を挙げた後、フランスの低俗バラエティか何かで、GK川嶋の手を四本にして「Fukushimaの影響」と言った事が禍根を呼んで居ます。
日本人としては怒髪天を突く事なのですが、あれはフレンチ・エスプリですね。そういう性質の笑いなのです。所変われば文化が違って当然。特に、フランスはもう有史以来ずっとイギリスと叩き合っている民族であり、互いに黒い笑いをぶつけ合って醸成された笑いなのだと思います。
そういう笑いは日本にも無きにしも非ず。例えば、偉そうにふんぞり返っている人が恥をかいたら笑いになるというのも、これに近いものがあるのだと思います。要は、フランス流の負け惜しみなのでしょう。

2012年10月16日(火)
駅日誌(1897) 「即決」

即決……私の好きな言葉の一つですが、他人に即決を迫られるのは好きではありません。私が好きなのは受動的即決ではなく、能動的即決なのです。
それはさておき、自宅のポストにとあるチラシが入って居ました。

私の住む所のマンション名と「即決します」の文字……何でも「社宅切れでこの近所にマンションを買おうとしたが買い逃してしまった客が居るため、近場のマンションで売却してくれる人が居たら、即決するからすぐ連絡をくれ」という趣旨です。おいおい、何だこの胡散臭さは……新手の地上げか?
そんな事より、私の住んでいる部屋って、「2〜3LDK」だったのかっ!! まあ、イラストのような4人家族が住むには、確かにそれくらいの部屋が必要でしょう。
私の目には6畳1Kにしか見えませんが……

2012年10月15日(月)
駅日誌(1896) 「玉子」

「たまご」という字は二つあります。一つは「卵」、もう一つは「玉子」。前者の方が意味が広いですね。外殻が軟らかかろうが硬かろうが通じます。「魚卵」とか。後者だと、外殻が硬い物、それも食用に適した物を指す印象です。因みに、「ドラえもん」ののび太のママの名前は玉子(たまこ)と言います。
さて、昨日の日誌で書いた「チョコエッグ」の現代版について。
昨年のGWに印度に旅行に行きました。その時の帰りの空港で見付けた物です。「Kinder Joy」。「ジャパニーズは良い歳をしたおっさんがこんな物に興味を持つのか」などと嘲りを受けそうですが、一つは個人的興味、もう一つは職業的興味があり、見過ごせません。
卵型をしていて、菓子とオマケが一緒になっている点は、チョコエッグと同様。但し、こちらは半分に割れて、方割れに付属のスプーンですくって食べるデザート(やたらと甘い)が入っており、もう一方の方割れに玩具が入っています。
 

玩具は微妙な忍者キャラのフィギュア……おお、日本人が印度まで来て忍者キャラの玩具なのかよ……
欧州でも売られている商品のようです。

2012年10月14日(日)
駅日誌(1895) 「卵」

その昔、十数年前に「チョコエッグ」という菓子が流行りました。アルミフォイルで包まれた卵型のチョコレートなのですが、更にチョコレートそのものも殻状になっており、内部にはプラスチックのカプセルが入っています。そして、そのカプセルの中にはオマケの玩具が入っています。割と短期間で中身の玩具シリーズがコロコロと変わり、コレクションしている人も居ました。当時、私がアルバイトをしていた先でもそれを集めるのが趣味の子が居て、よく外殻のチョコレートを貰って居ました。
販売者はフルタ製菓。結構流行っていて、量販店やコンビニによく置いてあった事を御記憶の方も多く居られるのではないでしょうか?
だがしかし、今現在は見かけなくなりました。それは何故か? その謎を解く鍵は、チョコレートの中のオマケの入った「カプセル」にあるのではないだろうか!?。
チョコレートの中に入っているカプセルには「フォークとグラス」のマークが描かれています。これは、海外における「食品に直接触れても問題無い」という意味のマークです。なので、カプセルがチョコレートの内部にあるという点は問題ありません。しかし、内部の玩具はどうか? 内部の玩具にまでその基準を適用すると、オマケに制約が出来てしまします。そういう理屈で、玩具がチョコレートに触れないようにカプセルで「密閉」されています。
さて、カプセルに玩具が入っていると言えば、ガチャガチャ。ガチャガチャのカプセルが、今と昔と異なっているという事を御存じでしょうか? 丁度、チョコエッグが売られて居た頃と、現在とで。
実は2008年頃からガチャガチャのカプセルには片面4個ずつくらい穴が開いています。この穴が開いているのには理由があります。カプセルの誤飲による窒息事故が発生したからです。正確には口の中に嵌り込んでしまい喉を塞いだ事故です。「鼻で呼吸出来るだろう」という意見もあるでしょうが、子供だからしょうがない。口呼吸をしている子供は多いです。以後、安全対策として、カプセルには穴が設けられました。
その事故及び対策と、チョコエッグが消えた理由は繋がって居るのではないだろうか? チョコエッグのカプセルは、前述の食品への直接接触という理由から、穴を開けられなかったのではないだろうか!?

……と、思ったら、フルタ製菓のホームページを見てみると、チョコエッグはまだ細々と売られているようです。よって、上の推理は的外れでした。ガ―(゚д゚)―ン
しかし、フルタ製菓とフィギュア製造メーカーの海洋堂の交渉決裂で今は商品バリエーションが随分減ってしまっているそうです。あまり見なくなったのは単にそのせいだったか……
そんな中、ガチャガチャでこんな物を見付けました。チョコエッグのオマケが入ったガチャガチャ、それも海洋堂の日本の動物コレクション。一体、どういうルートで流れている物なのだろうか……?

入っていたのは、「バン」というクイナの一種。
チョコエッグと言えば、昨年印度に行った時に、空港で海外版チョコエッグのような物を見付けました。今回はちょっと長くなったので、それは次回の日記で。

2012年10月13日(土)
駅日誌(1894) 「目」

目(青,赤,黄,白,黒)。さて、これは何を意味するでしょう? 病気? 否。人種? 否。五大陸? 否。オリンピック? 否。五輪の書? うーむ、近い。答えは、不動明王です。
山手線は江戸城=皇居を守る結界だという説がありますが、同じく江戸を守る結界として、江戸には五柱の不動明王が居ます。メジャーなのは目黒と目白。山手線の駅名になっており、有名な地名です。
目黒不動、目白不動の他に、目青不動、目赤不動、目黄不動が居るわけです。陰陽五行思想に基づいた五色です。

今日は昼間に本郷通りを歩きました。東大の前の道です。文京区と言うだけあって、この界隈には寺が多い。色々な宗派の寺がありました。その中で私が最も惹かれたのが、目赤不動。前述の五不動の一柱です。
御堂の扉は開かれており、目赤不動を生で見られました。恐れ多くも写真まで……
 

私は如来よりも菩薩よりも明王が好きです。子供っぽい発想ですが、矢張り明王部の仏像は恰好良い! そして、不動明王は、明王部の部長みたいなものです。

2012年10月11日(木)
駅日誌(1893) 「地方」

かつて、道州制議論が巻き起こり、行政の地方分権が話題になりました。民主党も野党時代にかなり主張して居た筈ですが……進めている気配がしません。一方、橋下大阪市長や河村名古屋市長の地方政党が発足し、地方分権を進める動きがあります。
だがしかし、今日の話題は地方分権ではありません。地方に広がっているのは他にも沢山あります。生活インフラ&情報インフラが発達した日本では、東京の中心部と、過疎化の村で得られる物の差は、実はそう大きくありません。東京にしか無い物は沢山ある? そりゃあるでしょう。そういうのは、地域毎にあります。
さて、彦根城の「ひこにゃん」あたりに端を発した地域ごとのゆるキャラ、御当地アイドル、御当地ヒーローなんてのもあります。しかも、ローカルと侮るなかれ。クオリティも高い。元々は御当地アイドルも御当地ヒーローも地方らしさを押し出したちょっと垢抜けて居ない存在でしたが、だんだんクオリティが上がって来ました。


コンビニで十六茶のオマケに御当地ヒーローのカードが付いて居ました。カードが入っている袋の裏に日本地図があり、全48種が描いてあるのですが、どれもこれも特撮ヒーローに引けを取らないクオリティです。
私の出身である滋賀県のヒーロー(甲賀戦士・忍ジャガーというのが居ました)の物を選んで買おうとしたら、何やらレンチキュラー(ギザギザになっていて、見る角度によって絵柄が変わるやつです)式のカードの物もあるではないか。大阪府の地球戦士ゼロス、とあります。忍ジャガーは普通の紙のカードなのに……この差は一体何だ!?
しかし、この忍ジャガー、全然忍者っぽくはないなあ……

2012年10月10日(水)
駅日誌(1892) 「万能」

新型万能細胞=iPS細胞の研究で、京大の山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞しました。新型万能細胞とは、文字通り万能細胞の新型です。万能細胞とは、分化万能性を持つ幹細胞。幹細胞とは、「幹」の文字が示す通り、「枝」ではなく「幹」なのです。これから枝分かれして行く細胞です。
人間の胎児の初期は肉塊のような物で、成長に従ってだんだん人間らしい形になって行きますが、そのだんだん人間らしい形になって行く時に、最初はほぼ等質の細胞だったのが、体の各パーツに即した性質に分かれて行きます。これが分化です。
さて、それが医療にどう役立つか? 平たく言えば、欠損したパーツを再生するのに役立ちます。まだ、そのパーツに合わせて分化出来る状態の細胞なわけです。但し、それが実用化されるにはまだまだ……10年先か20年先か。それでも、この研究はそこに向かって踏み出した大きな一歩なわけです。

それにしても、その受賞ニュースを報じるテレビで古舘伊知郎が、二度程「ヤマモト・シンヤ」と言い間違えて居たのには笑いました。山本晋也は映画監督やっ!! 昔は名調子のリングアナウンスで鳴らした古舘伊知郎ですが、そろそろiPS細胞による脳味噌の再生が必要なのだろうか? 噂では、みのもんたは既に体の大半がiPS細胞で造られているとか(嘘)。

2012年10月9日(火)
駅日誌(1891) 「銀幕寸評」

今日の日誌は、昨日買った珍遊記のDVDについてです。一応「劇場版」なので、銀幕寸評へ(実際は劇場映画ではなく、DVD作品として発売された全3巻を1巻にまとめた物)。下記タイトルの右の☆は私の個人的評点で、5ッ☆満点です。

「劇場版・珍遊記」 ☆

漫☆画太郎原作の漫画を映画化した作品です。画太郎の映画化と言えば、「地獄甲子園」があります。「地獄甲子園」は紛う方無きB級映画でしたが、今回の「珍遊記」は、ハッキリ言ってC級!

映画と言っても実写ではなく、アニメーションと言えばアニメーションですが、FLASH動画です。よって、ベースになっているのは静止画で、そこに音声とエフェクトを掛けたようなものです。内容は、原作「珍遊記」そのまんま(一部カット)。下品で低俗な笑いの作品です。まさに糞動画。
おっと、画太郎の作品について評論するのに「C級」だの「糞」だのという言葉ほど適した物はありません。画太郎作品への最高の誉め言葉かと。とは言え、「これが映画か?」となるとちょっと違いますし、これを1,800円払って劇場で見る気は無いので、評点は辛口の1点としました。
そんな作品なのですが、しかし、侮るなかれ……どういうわけか、声優陣はやたらと豪華キャストです。妖力を吸収される前の山田太郎に玄田哲章(シュワルツェネッガー等の声)、危ない顔の時の玄じょうに鳥肌実(演説家芸人?)、ザーマスに中尾隆聖(ぽろり、バイキンマン、フリーザの声)、ナレーションに千葉繁(北斗の拳の次回予告やモヒカン。他、色々な作品のクセのある脇役多数)等々……

2012年10月8日(月)
駅日誌(1890) 「新人」

最近のコンビニは色々な物が売ってありますね。野菜等の生鮮は言うに及ばず、子供向けの駄菓子コーナーなんかもありますし、雑誌や漫画の棚の横にはDVDも売ってあったりします。
ふと、DVDの売り場に気になる商品があったので、それと食べ物を持ってレジへ。レジには若い男。パッと見、いけ好かない感じです。まだ新人なのでしょうか、動きがたどたどしいです。その上、DVDのケースのバーコードを探して右往左往……横に居るその男よりも先輩らしき店員に教えを請うて居ます。

おっと、ここでちょっと前置きを。「この流れ、どうせまた駅員がキレたという話なんじゃないのか?」と思っているそこの御仁、それは違います。今回はキレてません。

そして、教えて貰ってから、鍵の掛けてある扉から商品を取り出して渡してくれました。これ、DVDソフトやゲームソフトによくある形なのですが、体積当たりの価値が高い商品はこういう扱い方をされる事が多いです。「万引きをされるリスク」と「万引きをして捕まるリスク」のバランスなのでしょうね。
で、この店員はちゃんと、遅くなってしまった事を謝罪。そりゃあ、店員として当然の事と言えばそうなのですが、そういう事がちゃんと出来ていれば、待たされても怒りませんよ。
私が怒るのは、待たせておいて「忙しいんだからしょうがないだろ?」という雰囲気を出す輩。そういう奴は所構わず罵倒します。

ただ、そんな事を考えながら買ったのがこんなDVDだったという……

2012年10月7日(日)
駅日誌(1889) 「希臘」

ギリシャ、漢字で書くと「希臘」です。先日、テレビでNYで「ギリシャヨーグルト」が流行っているというのを見ました。「ギリシャヨーグルト」とは、ギリシャで食されている、水分や乳清を絞って濃度を上げたヨーグルトです。食べた感じは、ヨーグルトとクリームチーズの中間のような印象です。日本でも森永乳業が「パルテノ」という商品名で販売して居ます。ヨーグルトにしてはちょっと高いのですが、美味です。
しかし、物の哀れ。その発祥のギリシャは財政危機です。そして、このギリシャヨーグルトがヒットしてもギリシャには金は入って来ません。「発酵」は「腐敗」と紙一重です。仮にギリシャで独占製造して、船便で遠路遥々世界へ輸出するとしたら、その品質管理が困難になります。そして、コストも嵩みます。なので、ニューヨークで流行っているギリシャヨーグルトはニューヨーク郊外で製造されており、日本で流通している「パルテノ」は日本で製造されています。

そう言えば、私はギリシャヨーグルトが登場するずっと前に、「賞味期限ギリギリの乳清が分離したプレーンヨーグルトは、水分を捨てて食べると濃厚でなかなか美味い」という話を、乳業関係者にした事があります。その時は、分離する技術が無いとか何とかで実質スルーでした。
まあ、素人の意見ですからスルーもしゃあないが、ちょっと悔しい。思えば、ヒットの種のような物は、私は結構思い付いたりするのですが、大抵私が言ってから随分後になって似たような物が世に出て来て、「ほら、俺が言ったやつではないか」という話をすると、誰も私が言った事を覚えていないのです。
今私が愛用しているG-Shock携帯のスマートフォンは「ヒット」とは言えませんが、iPhoneが出た頃に「スマホはG-Shockシリーズが出すまで買う気は無い」と人に言うと、皆「タッチパネル式だから、G-Shockシリーズでは出る筈が無いよ」などと言われたものです。無論、この会話を覚えている人は少ない……

2012年10月3日(水)
駅日誌(1888) 「同族嫌悪」

同族嫌悪=自分と似た性質を持つ人に対して抱く嫌悪感。
私の身の周りには、互いを嫌い合っている人居ます。まあ、社会人ともなれば、誰しも周りに一人や二人はそんな人間が居る事でしょう。おっと、「一人」はあり得ないか……「互いに嫌い合っている」わけですから。そういう人たちを見ていると、「同族嫌悪なんだなあ」と思う事が多いのです。まあ、「嫌い」というのは感情ですから、嫌いなら嫌いでしょうがないと思います。日本国憲法では、人の思想・信条を否定する事は何人たりともしてはいけないと定めています。
問題なのは、その好き嫌いを仕事に持ち込む連中です。「おいおい、銭貰ってやってるんやで?」と思うわけです。銭を貰って行っている業務は、是即ちプロなのです。好きは好きで、嫌いは嫌いで構わんが、それを仕事に影響させるな、と。これはこれで、言うは易く行うは難い事なのですが、意識だけでも「好き嫌いと仕事は別」に向けておきたいものです。
あと、厄介なのは、私は結構気安く飲みに誘われるのですが、同族嫌悪の人たちは無論、互いに一緒には飲みません。大抵、居ない方の悪口を肴に飲む事になってしまいます。私は別段嫌っても居ないので、その悪口について首肯出来る所は首肯し、否定する所は否定します。まあ、向こうはニュートラルな立場ではないので、首肯すれば「そうやろ?」と、否定すれば「お前は何も分かってない!」という風になるんですがね。何なんでしょう? 要は「自分派を作りたい」という事? どっちもどっちだしなあ。強いて言えば……
俺は「俺派」だ! どうだ!! 参ったか!!!

2012年10月2日(火)
駅日誌(1887) 「甘辛」

世の中には3種類の人間が居る。数を数えられる人間と、数を数えられない人間だ。
   〜アメリカンジョーク〜

この意味分かりますか? 解説するのは野暮というものですね。さて、本日の本題は「世の中には4種類の人間が居る」です。
自分にも他人にも厳しい人間、自分に厳しく他人に甘い人間、自分に甘く他人に厳しい人間、自分にも他人にも甘い人間……この4種類です。私は常々、自分にも他人にも厳しくありたいと思って居ます(出来ているとは言えませんが)。本当は、「自分に厳しく他人に甘く」こそが聖人君子ですが、凡夫にはそれはなかなか出来ません。
この4種類の中で最低なのは、自分に甘く他人に厳しい人間ですね。案外、世の中にはこういう人間が多いのです。こういう人間が人の上に立ってはいけませんね。部下がついて来ません。上司外しの愚痴飲み会が夜な夜な開催されるばかりで、一向にパフォーマンスが上がらない事でしょう。
人の振り見て我が振り直せ。そうならないように気を付けよっと。

2012年10月1日(月)
駅日誌(1886) 「崩壊」

今日から、一般的な会計年度の企業は下半期に入りました。そんな節目の日の日記のタイトルが「崩壊」とは何とも縁起が悪いのですが、最近思う事があるのです。資本主義という経済体制、民主主義という政治体制のいずれか或いは両方が、そろそろ終わるのかも知れない、と。それは来年の話かも知れないし、十年後、何十年後かは分かりませんが、近いうちに(←野田首相の解散総選挙の時期みたいな物言いですが)。

先ずは、資本主義経済。南欧諸国の経済不安、中国のバブル経済崩壊、格差による人々の間の軋轢、有限である世界の中で無限を志向する資本主義経済の根本的矛盾……これらが、今現在一時に集まり過ぎているような気がするのです。いつまで持ち堪えられるか? そう、「持ち堪える」という段階ではなかろうか。
資本主義経済の崩壊は、一つの綻びからドミノ倒しのように連鎖的に起きてしまいそうです。その発端となる綻びは、もしかしたら明日起きるかも知れない、そんな危うい状態だと思います。

続いて、民主主義。中東諸国の民主化・アラブの春は耳に新しいですが、そのいずれもまだまだ安定はして居ません。民主主義国家は沢山ありますが、消去法でその形態を選んでいるに過ぎません。そして、民主主義が成熟した国家はどこも衆愚政治・利権政治に成り下がっています。
第二次大戦中の英国の宰相チャーチル曰く、「民主主義は最低な統治形態である。他の全ての統治形態を除いては」。これは結局逆説的に最良の統治形態だと言っているのですが、その半面、決して良いものではないとも言っているわけです。
民主主義の矛盾を突いたカール・マルクスの考える共産主義・社会主義の実験は、失敗しました。所詮は共産主義・社会主義も人間にはコントロールが難し過ぎたようです。
ところが、人類はまだ資本主義に代わる経済体制、民主主義に代わる政治体制を見出して居ません。それは崩壊の先にあるのか? はたまた、現在が「動物の群れ」の最終形なのか?
そうそう簡単に思い付けば苦労はしませんね。ていうか、思い付いたら私は神になれますね。小難しい事を書き並べておいて、結論無しという駄文になってしまいました。

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