書き起こし 人間椅子「世界に花束を」

 私の好きなバンド・人間椅子の曲には、歌詞カードに書かれていない「語り」部分がある曲が幾つかあります。ブレイクの予感がある今こそ、その書き起こしをしてみようかな、と。
 第三回は、アルバム「真夏の夜の夢」より、「世界に花束を」です。この曲は全編殆どが語りです。誤り等、御指摘が御座いましたら、是非教えて下さい。
※問題があるようでしたら、こちらのメールアドレスまで御連絡下さい。
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 (御手数ですが、■を@に置き換えて下さい)

「世界に花束を」
 作詞:和嶋慎治
 作曲:和嶋慎治
 書き起こし: 駅員@地獄三丁目駅

 お母さん、ヨウイチ君、ニジコちゃん、その後、変わりありませんか。元気に暮らして居ますか。お父さんは今、お前たちの所からもう何千キロも離れた遠い南の島に居ます。
 知っての通り、お父さんの仕事は写真家だから、この戦争が飛び火する度に、その後を追わなくてはいけないのです。お父さんが戦争を撮りに行くと言った時に、お前たちは随分と泣きましたね。けれど、誰かがこの争いの悲惨さを伝えねばならないのです。
 皮肉な事に、此の島の景色の美い事と言ったらありません。その大自然に包まれて、「人間も自然の一部であるなら、きっと美しいものの筈だのに、どうして醜い争いなどしてしまうのか」などと思ったのです。
 この間、ある噂を聞きました。あまり言いたくはないけれども、これだけは伝えておかねばなりません。いよいよ、お前たちの住んでいる国が、この大きな戦いに参加する事になったそうです。そのうち、お父さんの手紙もなかなか届かなくなるでしょう。どうぞ、気を確かに持って、正しく暮らして下さい。
 ヨウイチ、ニジコ、お母さんの言う事をちゃんと聞いて、兄妹仲良くするのですよ。一日の終わりには今日した事の反省をしなさい。そうして、立派な大人になって、戦争の起こらない世の中を、貴方たちの手で切り拓いて下さい。


 この手紙は、面会に来てくれた従兄のセイちゃんにこっそりと渡した物です。上手く届いてくれれば良いのですが。入院してから二月程が経ち、脚の傷も大分癒えて参りました。窓の外では満開の桜が咲き誇り、クニの桜を偲ばせます。
 昨日、隣のベッドに居たTという若者が、脱走を図って捕まりました。銃殺にこそなりませんでしたが、恐らくTは、最も過酷な戦場に行かされる事になるでしょう。
 皆はTの事を馬鹿だと言いますが、強ち私にはそうとも思えません。寧ろ馬鹿げているのは、個人の自由を完膚なきまでに奪い去っているこの戦争という状態で、Tはただ単に己の自由意思に則ったに過ぎません。
 こんな事を言うようでは、タカシは兵隊として失格ですね。全く、何故私のような死の覚悟とて無いノンシャラン(nonchalant)な人間が銃を持つのかと言うに、それは、銃後に居るお母さん、妹のヨシコのためと言う外はありません。タカシは、愛すべき家族の居る事に感謝しております。何れ近いうちに前線に出る事になると思います。
 妹のヨシコはどうして居ますか。あれは、世慣れぬ所があるので、とても心配です。いつの日か帰る事が出来たなら、お母さんの作った煮物をたらふく食べたい。そうして、好きな絵を思う存分描きたいです。何よりもお母さんの元気であらん事を。


 幾千もの想いを乗せて、手紙は今日も世界中でしたためられる。トロントで、サンフランシスコで、リヴァプールで。配達された手紙、配達されなかった手紙、封に入れられる事すらなかった手紙。そのどれもに人の切なる願いが込められている。
 悪意の籠った態度が人を不快にさせずにはおかないように、慈愛に満ちた言葉もまた、その人を揺り動かさずにはおかないだろう。
 一度転がり出してしまった戦争は、巨大な破壊を以てしか止める事は出来ない。歴史が証明するように、それは一つのきっかけが世界中を席巻して行った、悪夢のバタフライ効果だ。しかしまた、一個の分子運動が全体に波及するというこの構造を信ずるならば、我々の書かなくてはならないのは、平和への願い、ただそれだけである。
 世界中に、花束を。世界中に、花束を。

2014/01/18
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