桜桃太郎〜ミュンヒ覇有全集第八〇〇巻より〜
(第1回キング文章王応募作品)

 皆様は、「ミュンヒ覇有全集」という書物を御存知でしょうか。「全ての知はミュンヒの脳にある」と言われている、哲人ミュンヒの手による様々な知識の集大成です。
 
今回は、その中から全集第八〇〇巻に記載されている「桜桃太郎」について書こうと思います。「桃太郎」という昔話はよく知られていますが、元々は「桜桃太郎」という題名であったという事はあまり知られていません。その伝承の過程で変わってしまったのです。そして、その伝承の過程では、物語の中身も大きく変わっています。ここに、ミュンヒ氏の甚大なる努力の末に釈明された「桜桃太郎」の全貌を明かしましょう。

『昔むかし、ある所に若い夫婦が住んでいました。夫は大工仕事に使う木材を求めて山へ柴刈に、妻は川へ洗濯に出かけました。
 妻が川で洗濯をしていると、川上の上空から、翼を持った天使が飛んで来て告げました。「あなたは近いうちに子供を授かるでしょう」と。呆気に取られている妻を尻目に、天使はそのまま飛び去ってしまいました』

 これが冒頭のシーンです。「桃太郎」では、お爺さんお婆さんになっていますが、元は若い夫婦でした。そして、川に大きな桃が流れて来たという描写の部分が大きく異なります。ミュンヒ氏の註釈によると、平和の象徴である天使について、元々はPEACE(平和)と表記されていたのですが、末尾のEが伝承の間にHに変わり、PEACH(桃)になってしまい、それに伴って前後の記述も調整されたのだろうとの事です。そう、実は「桜桃太郎」には、アルファベットが使われていたのです。詳しくは後述しますが、これは物語の発祥及び伝承を探る上で重要な鍵となります。では、続きを。

『妻は家に帰ると、夫に川での出来事を話しました。夫はそれを鼻で笑います。この夫婦は一切夫婦の営みを行った事がなかったのです。子供が出来る筈がありません。
 しかし、しばらくして、妻は身篭ります。そして、都に出掛けた日に産気付き、厩での出産となりました。そこへ、東国より旅をしていた犬・猿・雉が訪れました。犬・猿・雉は口をそろえて言いました。「その方は鬼退治をする救世主となるでしょう」と。そして、その名を問いました。夫が答えます。「桜桃太郎と名付けました。妻が処女であるにも関わらず、私が童貞であるにも関わらず生まれたからです」と。桜桃太郎を祝福し、犬・猿・雉は東国へ帰りました』
 
 名付けの理由を読むと、「チェリーボーイ」という言葉が当時既に存在していた事が伺えます。このあたりから、「桃太郎」と「桜桃太郎」の乖離が大きくなっていますが、子供に話して聞かせた時に、あまりにも面倒な質問が出るため、伝承の過程で変わったのだと考えられています。そして、「桜桃太郎」では何と、犬・猿・雉はおともにはならず、桜桃太郎は一人で旅立つことになります。

『成人した桜桃太郎は鬼退治に旅立ちます。その道中、川に差し掛かると、人々に禊を施している男がいました。桜桃太郎は男に禊を施してもらいました。
 さらに進むと荒野で鬼と出くわしました。鬼は、桜桃太郎をそそのかそうとします。「きび団子をやるぞ」「わしに跪けば、この世界をお前にやるぞ」等々。しかし、桜桃太郎はその強い意志で、それを全て跳ね除け、鬼を退散させましたとさ。めでたし、めでたし』

 このように桜桃太郎は独力で鬼を退治します。そして、「きび団子」は、桜桃太郎がお伴にあげる物ではなく、鬼が桜桃太郎をそそのかすために登場しています。

 聡明な皆様は既にお気付きの事と思います。そうです。「桜桃太郎」の物語は「新約聖書」における、「イエス・キリストの誕生からサタンの誘惑を退けるまで」の部分に酷似しているのです。
 更に「桃太郎」に於いては、おともがきび団子によって桃太郎に随行する事になりますが、これは聖書における、キリストがたった五つのパンを五千人の民衆に分け与えて、その奇跡を目にした者が信者となった場面が元になっているのだろうと考えられています。また、「桃太郎」では、鬼ヶ島に向かう舟を、おともである猿が漕いでいます。これは、おともに舟を操れる者がいたという事を暗示しています。聖書における使徒ペテロが元漁師であった事に符合します。
 
これらを元に、ミュンヒ氏は結論付けます。「桜桃太郎」は切支丹が作成した話である、と。これは「桃太郎」の発祥年代が室町時代であるという事実からも頷けます。室町時代末期である一五四九年の基督教伝来と時期が一致するのです。先述の、PEACEからPEACHへの変化も、アルファベットで書かれていた原文を訳す過程で生じた誤りだと言えます。また、江戸時代の切支丹弾圧期には伝承の維持が難しく、そこで随分変わってしまったようです。
 今回は「ミュンヒ覇有全集 第八〇〇巻」より「桜桃太郎」の項を御紹介しました。因みに、私はどういうわけか他人から「眉唾太郎」と呼ばれる事があります。実に不本意です。次回は「同 第七九九巻」より「フンドシとブリーフ」の項を御紹介します。
                (了)2007/2/15(応募日:2006/11/上旬)

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