レッドライン


 細い糸だな。見た所、女子高校生。まだまだ縁は幾らでも変わる余地がある。
 こちらは太い糸。気の弱そうな中年サラリーマンだが、その風貌に似合わず、非常に強力な縁を持っている様である。絶とうにも絶てぬ恐妻との縁であろうか。
 今擦れ違った二人。糸が繋がっておる。…が、未だ面識は無い模様。今後出会う事になるという事か。
 おっと、失礼。私はこの商店街で占い師として生計を立てている者である。それで、この商売を始めるきっかけになったのが、この能力。即ち、人の小指から伸びておる所謂「赤い糸」を見ることが出来る能力である。冒頭で触れたのは、今し方目の前を通った人々の赤い糸を観察したものである。占いと言っても、この見えた赤い糸及び、そこから推察される事を喋っているだけである。赤い糸が見えるだけで、決して未来が読める訳ではない。

 アーケードの支柱に設けられたスピーカーから「蛍の光」が鳴り始めた。日も傾いてきた事だし、そろそろ店仕舞いとするか。店といっても台一脚に椅子二脚だけなのだが、片付け始めた時、私の視界に信じられない物が入った。
 十代後半の少年である。別段変わったところも無く、ルックスは中の下と言った所か。信じられない物というのは、その赤い糸の事である。その小指からは、百や二百は下らない無数の赤い糸が伸びており、さながら巨大な赤いウニの様になっていた。一夫多妻の認められたイスラム圏の金持ちや、女を囲うだけの力を持った人物、或いは将来そうなる者ならば、赤い糸が複数伸びている事はある。しかし、こんなにも膨大な数の糸が伸びている人間は初めて見た。この何の変哲も無い、否、寧ろ平均より劣っていると見えるこの少年は、一体何者なのだろうか。私は気になった。大急ぎで店を片付けると、その巨大な赤いウニの後を追った。
 少年は帰路の途中らしく、十数分も歩くと、自宅と思われる一軒の二階建ての住宅に入って行った。「鈴木」……表札にはありふれた苗字が記されており、その住居も小綺麗ではあるが、質素な家屋である。手掛かりになるものは何も無い。ここでこのまま観察を続けていても仕様が無いと判断した私は諦めて帰った。
 帰宅して、テレビを点けると、太平洋の向こう側にある軍事大国が、新技術を開発したというニュースが流れていた。何でも、オスの生殖能力を無くす放射線の一種だそうである。ニュースでは、「それが人間に使用される事は、人権の見地から有り得ない」と報じられていたが、私は青くなった。赤い糸が見える能力で、人類の未来が予見出来てしてしまったのだ。
                              了


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