コインの旅路 #05 Detective


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある若い主婦の財布の中に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないが。

 旦那を送り出し、洗濯物を干し、一段落着いた主婦はテレビを点け、教育テレビに回すと、買物に行ってくる旨を幼い息子に告げてから出掛けた。しかし、その割にはやけに御洒落な恰好である。買物と言ってもスーパーではなく、百貨店にでも行くのかな? と思った。案の定、主婦は近所のスーパーを素通りし、駅に向かった。
 電車に揺られる事30分程、主婦は電車を降り、喫茶店に入った。買物ではないのか?
 数分すると、一人の男がやって来た。男はサングラスを掛け、ノータイのスーツ姿だった。さては浮気?
「奥さん、早速ですが今週のレポートです」
 主婦はそれを読んだ。
「残念ながら、今週も決定的な証拠を掴めておりません」
「そう……。でも、確かにあの人は浮気をしていると思うの……」
「離婚し、慰謝料を取ろうにも、証拠が無い事には難しいです。継続して尾行調査を致しましょうか?」
「お願いするわ」
 どうやら、浮気しているのは旦那の方らしい。男はそれを探っている探偵か何かの様だ。やがて、男は先に店を出て、主婦がその喫茶代を払った。その時、俺もこの財布から出る事になってしまった。気になったが、ここで御別れだ。

 俺はレジの中で昼寝をした。数時間後、たまたまレジの引き出しが開いた時に、今朝のサングラスの男が店に入ってくるのが見えた。サングラスの男は、今度は一人のサラリーマンと面会し始めた。引き出しは閉じられたが、俺はそっちに耳を傾けた。
「奥さんは大分疑っておいでですよ? どうします?」
「う〜ん」
「証拠を掴むのも時間の問題です。偽装工作を継続しますか?」
「頼む」
 サングラスの男は夫婦双方から依頼を受けている様だ。やがて、サングラスの男が店を出て、サラリーマンがその喫茶代を払った。その時、釣銭として俺はサラリーマンの財布に移った。
                        (続)2005/06/05


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