コインの旅路 #06 Immorality


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある30歳前後サラリーマンの財布の中に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないが。

 男は、営業の外回りから事務所に帰ると、俺を上着のポケットに入れたまま、ロッカーに仕舞った。
 その後何時間も退屈な時が過ぎた後、サラリーマンは上着を着た。帰宅する様である。エレベーターの前で待っている所で、上司らしき男の声が聞こえた。
「もう上がりか? 一杯どうだい?」
「すいません。今日は帰ります」
「ふーん、折角金曜日なのに。俺は結婚して2年もしたら倦怠期になっちゃったけどなあ」
「いえ、そんなんじゃないですよ。また誘ってくださいね」
 男はエレベーターを降り、歩き出した。向かった先はある洒落たレストランだった。若い女が座っているテーブルの向かい側に立つと、目の前に手刀を立てた。
「ごめんね。待った?」
「ううん、今来た所」
 男は席に着き、ウェイターに何やら色々注文した。ワインと洋食の食事が進む。
「明日は土曜日。妻には今日は出張だと言ってある」
「……うん」
 食事が済むと、会計を済ませ、二人は一緒に歩き出した。支払いはカードだったので、俺もそのままついて行く事になる。
 二人はホテル街に向かって歩き出した。こ、このまま、ついて行くという事は……ドキドキ。しかし、二人はその前にコンビニに入り、化粧品や歯磨き等が置いてある棚から何かを買った。俺はその際の支払いに使われてしまった。つまんねえの……
 しかし数分後、一人の男に釣銭として渡された。その男はこの夜更けにサングラスを掛けており不審だったが、俺を財布に収めると、車に乗ってホテル街に向かってゆっくりと走り出した。先程の二人がホテルに入る所を見ると、出入り口付近に停車し、煙草に火を点けた。これは……もしや張り込み?
                       (続)2005/06/19


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