コインの旅路 #07 Office


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある40歳前後男性の財布の中に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないが。

 ここはとある探偵事務所。男は探偵である。徹夜明けの眠い目を擦りながら、上着を脱いで事務机の椅子に放り投げ、自らは接客用の長椅子に身を投げ出し、眠りに就いた。
 放り投げられたショックで上着から財布が落ちたため、俺は男が熟睡しているのを確認して、転がり出てみた。この大雑把な男にしては、妙に綺麗に片付いた探偵事務所である。男が眠っている傍には、先程ホテルから出てきた男女を撮影したカメラが置いてある。浮気調査の証拠写真だ。

 一通り事務所内を観察した後、俺は財布に戻る事にした。が、財布にあと1mの所でドアの鍵が開き、一人の女が入って来た。俺は慌てて伏せた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「奥で寝て下さい。貴方が寝ていても、事務所は開業の時間です」
「あいよ」
 男は頭を掻き掻き、奥の部屋に消えた。
「相変わらずガサツなんだから」
 女は掃除を始めた。どうやら、この事務所の職員の様である。二十代後半。黒のパンツスーツに身を包み、眼鏡を掛けたキャリアウーマン風の女だ。
「あら、こんな所に一円玉が。小銭と言えど、粗末に扱う者は富を失うわよ」
 女は俺を拾い、自らの財布に入れた。

 程なく、事務所の呼び鈴が鳴った。
「御客様ね」
 ドアを開けると、そこには、今朝不倫の証拠写真を撮られた男が立っていた。
                       (続)2005/07/03


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