喉が渇いた・黒


 喉が渇いた。水が欲しい。俺は今ひたすらに道を歩いている。真夏は日差しがきつく喉がカラカラだ。極力日陰を歩いてはいるが、地面からの照り返しがあり、日陰とは言え決して涼しくはない。
 自動販売機はどこだ。喫茶店はどこだ。飲料を買う金はあっても、肝心の物が無ければ、何も飲めない。
 十字路に辿り着いた。右を見れば500m程の所に、赤くて四角い鉄の箱が見える。自動販売機である。左を見れば700m程の所に、喫茶店の看板が見える。俺は近い方、右に曲がって歩き出した。この道には日陰は無かった。しかし、あと少しで冷たい飲料が飲めるのだ。我慢して歩く。辿り着くと、その自販機は故障していた。と言うより、ボコボコに荒らされていた。末世である。救いの水は手に入らない。
 一気に喉の渇きが加速した。俺は自動販売機を蹴り、今来た道を引き返して、喫茶店の方に向かう事にした。同じく、激しく直射日光が当たる道である。俺は、クラクラする意識を辛うじて保ち、歩を進めた。辿り着くと、その喫茶店は閉店していた。窓ガラスは割れ、蜘蛛の巣も張っている。閉店後、結構時間が経っている様である。店のシャッターには、スプレーで落書きがされていた。歩き損か。
 それにしても、喉が渇いた。水が欲しい。喫茶店の更に先に川が見えた。俺は川の方に向かって走り出した。川には水が流れていた。構う物か。俺は我慢の限界を超え、服を脱ぎ捨て川に飛び込んだ。日に照らされ熱くなった体に冷たい水が染みる。暫くすると、見る見る皮膚が爛れ始め、ポケットからなけなしの一万円札が浮かび上がった。

 20XX年、この国の水は完全に汚染され、河川は勿論の事、水道水でも人体に触れると、爛れを起こし死に至る。安全な物は、500mlPETボトルに入った状態の物が1万円で販売されている。これは、比較的安全な水を発展途上国から輸入し、何階層ものフィルターを備えた清浄機にかけ、10リットル当たりわずか1リットルの安全な水となったものである。

 消え行く意識の中、俺の1万円札を拾おうと、何人かの人間が竹竿で俺の体を突いているのが見えた。
                       (了)2005/07/03


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