コインの旅路 #08 Retribution


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある20代後半の女性の財布の中に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないのだが。

 黒のスーツを着て、眼鏡を掛けたキャリアウーマン風の女が俺を拾って財布に収めた瞬間、事務所の呼び鈴が鳴った。探偵業の依頼に来た客であろうか? そこには一人の男が立っていた。俺はこの男に見覚えがある。
「依頼じゃない。取引に来た」
「取引…? ですか?」
「下に車があった。あいつはもう帰ってきている筈だ」
「呼んで参りますので、少々御待ち願えますか?」
 女は男を応接ソファに座らせ、奥の部屋に向かった。廊下が曲がっており、事務所からは様子が見えない。角を曲がってすぐにあるドアをノックする。
「ん〜?」
「御客さんよ。取引に来たって」
「ああ、あの不倫野郎か」
 探偵は頭を掻きながら面倒臭そうに立ち上がり、女を後ろに従えて廊下の角を曲がった。

 すると、目の前に男が立ちはだかった。
「お前、俺から口止め料を取っておきながら、女房からも浮気調査料を取っているそうじゃないか?」
「な、何でそれを?」
「矢張りな。おかしいと思っていたんだ。偽装工作を頼んでも、疑惑が消えるでも無く、バレるでも無く、わざと生かさず殺さず続けさせられている気がしていた」
 そう言うと男は懐から包丁を取り出した。
「な、何を…」
「死ねや」
 探偵が刺され、倒れた。床に血が広がる。女は後ずさりしながら、手に持っていた財布を投げつけた。ファスナーを閉じられていなかった小銭入れから硬貨が舞った。勿論俺もだ。
 しがない1円玉である俺を見下さなかったこの女に恩返しがしたくなったので、俺は男の目に飛び込んだ。男はもがいて包丁を振り回す。女はそれを何とかかわして逃走した。男は俺を地面に叩き付けると、女を追って部屋を飛び出した。
                       (続)2005/07/23


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