コインの旅路 #09 Corpse&Cops


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今は床の上に静かに佇んでいる。と言っても、いつ拾われるかは分からないが。否、誰か早く拾ってくれ。

 ここは放棄された事務所の床。すぐ近くに死人が転がっている。とある男がこの事務所に踏み込んで、この男を刺殺したのだ。
 それから三日間、俺も動けずに床に転がっている。この炎天下、締め切った事務所でである。必定、この部屋は腐臭が満ちている。あと何日ここで我慢すれば良いのだろうか。時間が物凄く長く感じる。流通しない貨幣、それは死んでいるのと同じ事なのだ。俺はこの死人と何ら変わらない。

 四日目の事である。ドアが開いて、警察官が何人も入って来た。腐臭故に顔にハンカチを当てている。ドアから風が流れ込む。腐臭に浸っていた俺には、それが非常に爽やかに感じられた。締め切ってあったとは言え、いい加減腐臭が漏れて通報されたのだろう。
 警察官たちは現場検証を始めた。しばらくして鑑識の一人が俺を拾った。
「死体の傍らに落ちていました。被疑者の指紋が付着している可能性もあります」
「そうか。現場の鑑識を続けてくれ。これは署に運ばせる。おい若造。これを分析に回してくれ」
「あ……はい」
 中年刑事に若造と呼ばれた、新米と思しき刑事が、ビニール袋に収められた俺を胸ポケットに仕舞った。眠っているのか起きているのか分からない様な細い目の、頼りなさそうな男である。大丈夫か?

 若造はビルを降りて、下に停めてあった車に乗り込んだ。エアコンが壊れているのか、それを点けず、窓を開けてドアに肘をかけて走り出した。
 突如どこからか悲鳴が聞こえた。サイドブレーキを引いて急ターンすると、悲鳴の方向にフル加速し、屋根に赤色灯を付けた。若造の目は見開かれ、顔付きが先程とはまるで変わっていた。
                       (続)2005/08/07


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