観戦


「行け! 投げ飛ばせ!」
「踏ん張れ!」
「よし、脚浮いた!」
「が、頑張れ!」
「よっしゃ!」
「あ〜あ」
 カブトムシがノコギリクワガタを角で投げ飛ばした。ひっくり返ったクワガタは脚をジタバタさせている。その動きに呼応するかの様にマサオ君が地団駄を踏んでいる。私の兄はその様子を見て腹を抱えて笑っている。
「もう一回、もう一回勝負や!」
「良いけど、何回やっても同じやぞ」
「くそ、見てろ」
 再び兄のカブトムシとマサオ君のクワガタを相対させる。しかし、またカブトムシが勝った。マサオ君は益々悔しそうな顔をし、兄は益々得意になっている。それまで兄の脇で黙って見ていた私は質問した。
「お兄ちゃん、なんでカブトムシにケンカさせるん?」
「え? かっこ良いし、面白いからや。そうやろ?」
「カブトムシは本当はこんなことしたないんとちゃうの?」
「アホ言え、こんなにやる気満々やないか」
「そうかなあ?」
「そうや」
 兄はカブトムシを虫篭に仕舞い、クヌギの幹から染み出ている樹液をたっぷり取って、篭の中の枝に塗りつけた。
「ほーら、ごほうびやぞ」
「ただごほうびにつられてケンカしてるんとちゃうの?」
「うっさいなあ。俺のカブトムシに何させようと俺の勝手やんけ! それにただの虫なんやから、そんな事考えてへんわ!」
 私は、兄に頭を小突かれた。痛かった。目から涙が溢れ出た。
「わ〜ん、お兄ちゃんが叩いたあ!」
 大声で泣き出した。それと同時に空襲警報が響いた。
「わ! 警報や! しばいてごめんな。早よ防空壕に逃げよ? な?」
 私は兄に手を引かれて走りながら、上空を飛んでいる飛行機の影を見上げて思った。兄やマサオ君が虫に喧嘩させているのと同様、人間も何者かに喧嘩させられてるのではないか? 面白いからと戦争をさせられているのではないか? と。
                       (了)2005/08/07


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