刺客      


 ほぼ毎朝、駅前に犬を連れて演説している男がいる。この男は市議会議員であり、選挙前でもないのに、暑い日も寒い日も演説をしている。選挙前にのみアピールする他の議員と比べたら立派なものである。議会の時間まで演説して、これを朝の準備運動としているのかも知れない。
 そして、犬がその脇にじっと座っており、こちらもまた立派なもので一つも吠えたりしない。その代わりに目を眠そうに細め、あくびをしている時もあり、可愛い。

 事件が起きたのは、そんないつもと同じ朝の事である。俺は、いつも通りの時間に駅に向かって歩いていた。議員はいつも通りの場所で演説をしている。その脇にはいつも通り犬が眠そうにしている。ここまではいつも通りだった。
 議員の10メートル程手前の所まで歩いていて、このまま通り過ぎようとしていると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。見ると手に大きな鞄を持った大男がこちらに走って来ていた。男は私の横をそのまま突っ切り、鞄を持っていない方の右手を懐に入れて刃物を取り出すと、一直線に議員の方に走った。
 議員はびっくりして演説を止めたが、足がすくんだのかそのまま立ち尽くしている。眠そうな目をしていた犬がカッと目を見開き、刃物を持った男に飛び掛った。まさに忠犬である。主人の身を守るため、体を張って飛び掛ったのだ。
 犬に体当たりをされた男は、その図体に似合わず、後ろによろめき、そのまま倒れてしまった。その時は呆気に取られてしまって気にならなかったが、今思うと、倒れた時の音はズシンという重い音ではなく、随分と軽い音だった。
 犬は尚も男の方を見て、牙を剥いて唸っている。男はピクリともしない。犬は少しずつ近付き、男の周りを嗅ぎ出した。そしてハッと顔を上げ、鞄の方を向いた。同時に鞄が破れ、中から上半身裸、下半身黒タイツの小柄な男が飛び出し、犬に手裏剣を投げた。手裏剣は犬の眉間に刺さり、犬は倒れた。小柄な男は、それを見届けると、尋常ではない速さで走り去った。
 ようやく駅の交番から警官が走ってくるのが見えた。議員はまだ足がすくんでいるのだろうか、まだ犬に駆け寄って来たりはしない。
 私は犬よりも倒れた大男が気になり、近付いてみた。先程は人間だと思ったが、間近で見ると、大男はただの張りぼてであった。逃げた男が鞄の中から操り人形の様に操作していたのだ。
 「目撃者として事情聴取をするから、その場で待っているように」と言われた私は、する事が無いので辺りを見回していた。議員が直立不動で立っているのが見えた。
 近付いてみて、私は驚愕した。議員も人形だったのだ。思い出した。この議員の選挙ポスターには、常に犬まで一緒に写っていた事を。
                       (了)2005/08/27


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