白球十勇士「会見」


 練習は淡々としていた。選手達はストレッチを終えると、真田監督を先頭に、フェンスに沿ってゆっくりとジョギングし始めた。10周走った後、キャッチボールを始めた。スタンド席からそれを眺めていると、誰かが私の肩を叩いて声を掛けてきた。
「新球団。面白い事になりそうだな」
 見ると、親しくさせて貰っている早朝新聞記者の森氏だった。
「え?」
「10周も走っておいて、息一つ上げていない。それどころか汗もかいていないぞ」
「本当だ……」
「キャッチボールも、一見ぬるい練習に見えるが、それは違う」
「というと?」
「会見の時に、練習用のボールを見せて貰うといいよ」
「?」
 そうこうしているうちに3時間の練習メニューは終了した。森記者は、このチームを買っている様だったが、私には全く分からなかった。地味な練習にしか見えなかったのだ。
 練習が終わると、約束通り真田監督が記者会見の時間を設けた。
「どうも、御待たせしました。こちらからは別段発表する事はありません。御質問があれば、可能な限り御答え致します」
 この謎だらけの状態で、質問をしろと言われても……。手を拱いていると、他の記者が質問を始めた。
「失礼ながら、新球団は不利と思われますが、意気込みの程を」
「勿論、優勝を狙っています」
 嘲笑とも取れるどよめきが起こる。
「しかし、不明な部分が多いものの、戦力的には不安が多いですが」
「私は全く不安はありませんよ?」
「不安は無い? あの、先程の公開練習で、選手の中に白ヒゲの老人まで混じっていましたが、これを戦力不足と言わずして……」
「三好ですか? 彼も有力なスターティングメンバーの一人ですよ」
 話にならない。暖簾に腕押しの様なやり取りである。記者たちからはその後も皮肉が篭った質問が続いたが、その答えもまた同様にのらりくらりとしたものだった。
 ふと、森記者と目が合った。そうだ、ボールの質問をしてみよう。
「あの、練習用のボールが変わっていると聞いたのですが、どんなボールなんですか?」
「ああ、二種類あります。一つはこれです」
 投げて寄越したそのボールは、硬いがゴムマリの様に軽かった。
「これ、ですか?」
「はい、この軽いボールを投げ、受け、打つ事は容易ではありません」
 拍子抜けだ。プロ野球を御遊びでやってもらっては困る。そこに森記者が口を挟んだ。
「もう一つの練習用ボールも見せて貰えますか?」
「はい」
 今度は投げずに私の手に手渡した。持った途端に慌てた。軽々と運んできたので油断していたが、鉄球を白く塗ったものだったのだ。
「その重いボールを投げ、受け、打つ事は、こちらもまた容易ではありません。先程のキャッチボールはこちらのボールで行いました」
「そんな……選手を潰すような真似を!?」
「潰す? 先程申し上げました通り、うちは優勝を狙っており、戦力に不安はありません。うちの選手は、その程度のボールで肩を壊しはしないと確信しています」
 再度どよめきが起こった。今度のどよめきは嘲笑などではない。驚嘆そのものだった。
                       (続)2005/09/11


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