いつもの事   


 いつもと同じ時間に起きた。起きて階段を下りると、父母は居ない。母は数年前に家を出て行ったし、起きた時には父はもう出掛けている時間だ。
 朝食等用意されていない。冷蔵庫から適当に食べ物を取り出し、レンジアップして食べる。襖の向こうから物音が聞こえる。きっと、父がテレビを点けたまま出掛けたのだろう。父は毎朝情報番組を観てから出掛けるので、うっかり点けっ放しという日も多い。いつもの事だ。気にも止めず、そのままにして出掛けた。
 通学路をいつもの重い足取りで歩く。通学途中には同級生も居るが、誰も僕に目を向けない。勿論挨拶もしない。いつもの事だ。
 学校の下駄箱を開けると、上履が無くなっていた。また嫌がらせだろう。いつもの事だ。僕は鞄からスリッパを取り出してそれを履いた。
 教室に辿り着く。朝のHRの三分前いつもと同じ時間に扉を開ける。僕が教室に入っても誰も見向きもしない。通学時もそうだったが、基本的には僕は皆の眼中に無く、シカトなのだ。いつもと同じだ……と言いたい所だったが、僕の机の上には、花瓶に生けられた菊の花が置いてあった。呆れた。ベタな手段だが、僕に対する虐めもここまで進んだか。そのまま座る。気にし出したら切りが無い。

 教室の前の扉が開き、先生が入って来た。真面目な性格なので、こういう虐めには注意をする筈だ。とは言っても、全く頼りにはならないから、こうして僕は虐めに遭っているのだが。
 教壇に立った先生の顔を見て驚いた。先生は泣いていたのだ。
「今日は悲しい御知らせがあります」
 話が出る前に、学級委員の鈴木が立ち上がって怒鳴った。
「お前等のせいだぞ!お前等が虐めたせいで高橋君は!」
 鈴木は僕を中心になって虐めていた連中を指差していた。それにしても高橋「君」だって? 今までそんな呼ばれ方をした事は一度も無い。それどころか、鈴木はいつも僕をシカトし、虐めがあってもそれを見て見ぬ振りをしているのだ。
 この茶番劇は一体何なのだろう? とうとう先生や学級委員までグルになってクラス全体で僕を虐めるようになってしまったのか。僕は呆れて物も言えなかった。帰ろうと思い机に手をつくと、その手が半透明に透けているのに気が付いた。
「うわあああああああ!」
 虐めの中心人物である山田が大声を上げ、涙をボロボロ流しながら突っ伏した。それと同時に僕の体はその透明度を上げていく。これは演技ではない。僕は……死んだのか?
 僕は慌てて立ち上がる。その勢いで机が揺れ、花瓶が床に落ちて、割れた。その瞬間、教室の全ての目がこちらを向いた。その全ての目が涙を浮かべていた。
 徐々に消えていく中、僕は思った。その涙のうち、心から流している涙は一体どれだけあるのだろうか。
                       (了)2005/10/02


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