角のラーメン屋   


 バイトが終わった後にバイト仲間と食べるラーメンは美味い。
 高田は本屋でアルバイトをしている。閉店時間は夜の十時なのだが、夜間は帰宅途中にが本屋に寄る人が多く、結構忙しいのだ。特に秋は、読書の秋というだけあって、客がわんさか来る。こんなに忙しくては、出版不況などという言葉は嘘に聞こえる。
 ラストまでのバイトは総勢八名、一日にその内の四名が交代交代で働いている。高田はそのバイトの中の渡辺と仲が良く、渡辺とシフトが同じ日はほぼ必ず一緒に食事をして帰っている。
 今日も、高田は渡辺と一緒に帰り、駅に向かう道の角にあるいつものラーメン屋に入った。店長のオッチャンと、その妻と思われるオバチャンで細々とやっている店なのだが、この店のラーメンの味は美味い。それでいて、他の店では食べられない独特の味なのだ。

 高田と渡辺はテーブル席に向かい合って座った。注文を済ませると、渡辺が口を開いた。
「食う前に言うのも何だが、この店の味も飽きてきたな」
「そうか? 美味いのに?」
「いや、美味いよ。美味いんだがちょっと飽きたって話さ、それに…」
 渡辺はカウンターの方をちらりと見て口を噤んだ。
「それに?」
 オバチャンが他のテーブルに注文を取りに行っているのを見ると、渡辺は小声で続けた。
「あのオバチャン、いつもスープにちょっと親指が浸かった状態で持って来るじゃないか。あれが嫌なんだよなあ」
「お前、意外と神経質だなあ。熱いスープだしから、指の雑菌も消毒されているよ」
「雑菌がどうとかいう話ではないよ。嫌じゃないか?」
「俺は気にならないけど……」

 そうこうしている内に、渡辺の頼んだ醤油ラーメンが運ばれて来た。やはりスープにオバチャンの親指が浸っている。渡辺はそれを見て溜息を吐いたが、箸を割って食べ始めた。
「味は美味いのになあ…」
 続いて、高田の頼んだ味噌ラーメンが来た。渡辺に言われたので、無意識に指に注目していたが、丼には指が浸かっていなかった。わざと入れている訳ではないのだから、入っていない事もあろう。そう思って、高田も箸を付けた。が、違和感があった。いつもと味が違う? 何かが足りないと言うか何と言うか……
「渡辺、今日の味、いつもと違わないか?」
「え? いつも通り美味いけど?」
「そうか、違うのは味噌ラーメンだけなのかな?」
 その時、オバチャンが慌てて戻って来た。
「ごめんね、忘れてたわ」
 そう言うと、オバチャンは数秒間その親指を高田のラーメンのスープに浸けると、そそくさと戻って行った。
                       (了)2005/10/09


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