不死身の不二美さん


 不二美さんは不死身の肉体を持った女性です。但し、本人はその事は知りません。
 不二美さんが生まれたのは、救急車の中でした。何とその病院に向かう途中で救急車は交通事故を起こし、そこで母親が破水し、そのままそこで出産と相成りました。十分な設備の揃っていない救急車の中での分娩は困難を極めましたが、奇跡的に不二美さんは生き延びました。否、奇跡ではありません。不二美さんは不死身なのですから。

 幼稚園の時にも、命の危険が訪れました。自宅二階のバルコニーから転落したのでした。頭を強打し、一週間もの間昏睡状態でしたが、治療の末全快しました。不死身とは言え、怪我はします。しかし、不死身なので死にません。

 小学校は大過無く過したのですが、次の危機は中学生時代に訪れました。友人と海水浴に出掛け、そこで沖まで泳ぎ過ぎて溺れたのです。青白くなった不二美さんが砂浜に流れ着いたのは夕方の事でした。人工呼吸・心臓マッサージの末、不二美さんは海水を吐き、蘇りました。不死身とは言え、溺れはします。しかし、不死身なので死にません。

 次の危機は、高校時代。当時ヤンチャな男と付き合っていた不二美さんは、その時バイクの後ろに乗っていました。男が調子に乗ってスピードを出していると、コーナーでスリップし、ガードレールに激突しました。男は死んでしまいましたが、不二美さんは骨折で済みました。

 化学会社に就職した不二美さんは、会社の事務所で内勤業務をしていました。ある日、工場が爆発しました。大きな爆発で、その時工場で働いていた人間は皆死亡したと思われました。しかし、大火傷を負いながらも一人息のある人が居ました。不二美さんです。不二美さんは緊急入院の末、火傷の痕は残りましたが、生き延びました。

 商社に転職した不二美さんは、皆から変なものを見るような目で見られました。顔に出来た火傷の痕のせいです。不二美さんは、何度も死のうと思いました。手首を切った事も、入水した事も、ビルから飛び降りた事もあります。しかし、必ず助かってしまいました。不二美さんは不死身なのですから。

 そんな不二美さんにも優しく接してくれる男がいました。男は悪い女に騙された経験があり、見た目は二の次で、不二美さんの人柄に惹かれたのです。目出度く、不二美さんは結婚しました。しかし、そのハネムーンの飛行機が墜落しました。生存者は不二美さん只一人。
 その頃から、不二美さんは周囲の人間から「死神」と呼ばれるようになりました。不二美さんのいる所、死が付き纏うと言われました。不二美さんは新婚の夫を失った悲しみと、その陰口から、人と口を利かなくなってしまいました。

 塞ぎ込んで、一人暮らしをする事数十年。不二美さんは天寿を全うしました。不死身とは言え、老衰はします。自らが不死身である事に気付かずに、不死身である事を利用出来ずに天に召されました。

 目の前に神様が居ました。
「どうして不死身だという事を教えてくれなかったんですか!?」
 不二美さんは自分の一生を呪いながら神様に食って掛かりました。
「残念ながら、自らの才能に気が付く人間は一握り、いや一摘みに過ぎない。才能に気付かず死んでいった者は、貴方だけではないのだよ」
                       (了)2005/10/30


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