白球十勇士「一回裏」


 一回の裏。上田シックスコインズの攻撃。
ベンチに戻って来た先発の由利に、ファースト根津が注意した。
「あんまり遊び過ぎるなよ。おめえの悪い癖だ」
「うるせえな、やんのか?」
「あん?」
 根津の表情が変わった。注意した時は冷静だったのだが、由利の返事に一気に沸点に達したようだ。今にも掴みかからんという勢いである。
「やんのか? つってんだ、コラ」
 由利は尚も煽る。根津は由利に飛び掛った。
 一塁側ベンチが一気に慌しくなった。向かい側のデラゴンズベンチでは、ただただその光景を目を丸くして見ている。ベンチの中では乱闘騒ぎのような騒動になった。そんな中一際大きな声が響く。
「いい加減にせんか!」
 声の主は三好兄弟の兄・清海であった。老人の一喝で一気に静まり返った。その間、真田監督は、一回の表の時から一つも変わらない薄笑いでそれを眺めていた。バッターボックスに向かっていた猿飛は耳の穴に小指を突っ込みながら眠そうな顔で言った。
「もうええか?」
 真田が頷いたのを見ると、猿飛はバッターボックスに入った。

 デラゴンズの投手は沢上。切れの良いカーブを得意技とするデラゴンズのエースである。猿飛はバットをバックスクリーンに向けて掲げた。予告ホームランである。沢上は一瞬ムッとしたが、表情を戻して投球に入った。
 予告ホームランをしたものの、一向に振る気配は無く、カウントは進み、2ストライク1ボール。
 そして次の球。猿飛の目が光った。大きくバットを振る。打球は勢いはあるが弾道は低く、三遊間を素早く転がって行った。ヒットとしては悪くないが、ホームランはハッタリだった様である。
 そう思った直後、球場に居る全員がハッタリではなかった事に気が付いた。ただの安打ではない。ホームラン……ランニングホームランなのだ。猿飛は打つや否や物凄い速さで走り出し、三遊間を通過する頃に一塁に、レフト前まで転がった時点で二塁に、レフトがボールを拾って送球を迷っている間に三塁に、レフトがバックホームを投げた時にはホームに向かっており、ミットに収まる前に一周した。
 一瞬球場が静まり返り、一拍置いて歓声が湧き上がった。上田シックスコインズ1点先制。

 続く二番、霧隠も同じ手段に出たが、三塁打に留まった。
 三番、三好伊。よぼよぼの老人である。明らかに振り遅れており、空振りの三振で1アウト。
 続いて四番、三好清。これまたよぼよぼの老人である。これまた明らかに振り遅れている。三振は免れたが、その打球は外野フライとなってしまい、2アウト。三塁を飛び出してホームベース近くまで着ていた霧隠は、三塁への送球でアウトになってしまった。3アウトチェンジである。
 三番四番は、野球が出来る体かどうかも怪しい。これが先程、乱闘騒ぎを一喝して静めた人物なのだろうか? この老兄弟には全く覇気がない。これが観客のほぼ一致した感想だと思われる。
 猿飛の足は球場を驚愕させたが、それ以降の三人は良い所が全く無かった。「野球をろくに知らないのではないか?」と怪しまれる様な体たらくであった。
 それでも真田は、依然薄笑いを浮かべながら黙って見ており、不気味である。ベンチに居る選手も談笑などしている。
                       (続)2005/11/06


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