指定席


 父が倒れた。その報せを受けた私は、直ぐに主人に電話をかけ、帰郷する旨を伝えた後、飛行機に飛び乗り、実家に急いだ。私の家はかなりの田舎であり、空港を降りた後も、列車に長時間乗らないと行けない。タクシーは1台も走っていないし、実家にも車は無い。
 駅に駆け込むと、丁度特急列車がホームに入って来た所だった。空いた電車なのに、しっかり全席指定の特急である。特急券はホームにある自動券売機で購入する。
 発車のベルが鳴る。慌てて券を掴み、飛び乗る。特急列車が走り出した。息を弾ませながら券を見ると「三号車4-A」とある。飛び乗った車両は五号車だったので三号車に移動する。二人掛けの椅子が両側に並び、それが縦に十五脚、左右合わせて三十脚並んでいる。その間の通路を歩いて行くのだが、五号車にも四号車にも誰も座っていない。しかし、指定席である以上、三号車に向かう。
 三号車4-Aに辿り着いたのだが、見ると、私の隣である4-Bに誰かが座っている。他には誰も座っていないのに、私の席の隣にだけ人が座っているのだ。こんなに空いているのに。しかも、そこに座っている男は異臭を放っていた。私は、どうせ空いている電車だという事で、指定外の席に座った。
 程無く駅に停車した。私の家に行くにはまだ何駅もある。一人、新たな客が乗って来た。強面の男である。こちらに近付いて来た。
「あの、そこ、私の席なのですが…」
 男は意外に礼儀正しく言った。
「すいません」
 私は席を動く。
 次の駅でも、そのまた次の駅でも同様の出来事が起きた。私の座る席座る席、ことごとくたった一人の新たな乗客の指定席に合致してしまうのだ。私はその度に席を移動させられた。一体どうした事だ。こんなに空いた電車で……
 その時、三号車4-Bの男が、私に手招きをしているのが見えた。
「おいで」
 その顔は、父の顔だった。
「おいで」
 父の顔は異様に白かった。
「おいで」

「起きて」
「起きて」
 目が覚めた。そこは映画館だった。照明が点いている。横に座っていた友人が、私の肩を揺すっていた。今日は一緒に映画を観に来たのだった。座席は三番スクリーンの4-A…
その時、私の携帯が鳴った。母からだ。父が倒れたという連絡だった。
                       (了)2005/12/13


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