戦国武将殺人事件(事件篇)


「よう、武田」
「その恰好は、上杉か?」
「御名答」
 上杉は鍬形の所に毘沙門天の「毘」を象った兜を被っていた。俺は俺で獅子を象った兜を被っている。その兜を見て上杉は俺が「武田」だと一瞬にして分かり、俺はそいつが「上杉」だと一瞬にして分かったわけだ。
「ほら、どれが誰か当ててみろよ」
 上杉は部屋の中央を振り仰いだ。そこには物々しい武者姿の同期達が居た。一見、何の集まりかと思ってしまう。
 高校の剣道部の仲間で久々に会おうという話が持ち上がったのは先月の話である。発起人は織田。我々の中でも出世頭だ。彼の別荘を集合場所とした。我々同期は皆有名戦国武将と同じ苗字を持っていたため、各々がその武将と同じ恰好をして集まるという事になったのだ。
「ええと、真ん中が織田だな。その脇に居るのが明智、あれは斎藤、真田、伊達、毛利、か」
「御名答。シュールな光景だよなあ」
 確かに、戦国時代に覇を争って殺し合いをした武将たちが嬉々として立食パーティーをしているのも変な話だ。いや、それ以前に、この人数で立食パーティーというのもおかしな話だと思った。
 その時、織田がこちらに気が付き、近付いて来た。
「おう、武田か、久しぶりだな。景気はどうだ?」
「忙し過ぎるくらいだよ。俺みたいな仕事は暇な方が良いんだけどな」
「そうか。今日は日頃の事は忘れて楽しくやってくれ」

 こうして夜は更け、宴もたけなわという頃合の事だった。急に部屋が真っ暗になった。ざわめく室内……
「おい、どうした! 停電か? おい、ちょっと見て来てくれ」
 織田の声が響いた。どうやら演出等ではなく、本当に停電らしい。タッタッタッタ……足音と扉を開ける音、再び足音が始まり遠ざかっていった。先程聞いた話では、明智は、会社を興して成功した織田の元で執事をしているとの事だったので、この足音は、織田に命じられた明智のものだろう。
「うぐっ!」
 突如うめき声が聞こえた。続いて、布を引きずる音、そして何かが落ちる音、ガラスの割れる大きな音が続いた。
「何だ! 一体何が起こっているんだ!」
 場のざわめきは一層激しくなった。そして明りが点いた。

 会場の中央に織田が倒れている。その脇のテーブルからはテーブルクロスが引きずり下ろされ、床に料理や酒が散乱していた。そして、窓際には、一つ割れた窓。
 俺は織田に駆け寄った。心臓の位置に矢が刺さっている。即死だ。その時、会場入口の扉が開いて明智が入って来た。
「ど、どうしたんだ!?」
「織田が、殺された」
 場がざわめく。先程のざわめきよりも遥かに悲壮感の漂うざわめきだった。
「窓が割れているぞ」
 上杉が窓際に走って行く。
「外から射殺されたのか!?」
「否、これは内部の犯行だ。レースのカーテンが掛かり尚且つ真っ暗な闇。この場で外から射殺すのはまず無理だろう。それによく思い出して貰いたい。ガラスの割れる音は、織田のうめき声の後聞こえた。考えたくはないが、これはこの部屋に居た者の犯行だ。」
 一同は、俺の冷静な様子をいぶかしんでいた。
「警察には俺から連絡する。ふう、今日は非番だったのになあ……」
                       (続)2006/01/09


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