目玉焼きのたとえ


「そうだな、例えばこういう話はどうだろうか?

 ――その一家は、家族揃って玉子を好んで食べる一家だった。特に目玉焼きが好きで、朝食には必ず家族全員分の目玉焼きが出るのだった。隣に棲む一家も同じく玉子を好んで食べる一家だった。特に目玉焼きが好きで、朝食には必ず家族全員分の目玉焼きが出るのだった。
 この両家は収入も家族構成もほぼ同じで、ともに円満な家庭だと言えたし、ゴミの日のルールや騒音でいざこざが起きたりする事も無く、隣同士の仲は良かった。しかし、そんなある日、この両家の間に大きな溝を生じさせる事件が起こった。いや、何て事は無い話なのだが、その両家にとっては大きな問題だったようだ。

 
 事の発端は、両家の子供が一緒に学校の合宿に出掛けた時に起きた。二人は物心付いた頃からの仲良しだったので、班も一緒だった。合宿は山にある林間学校で行われた。動植物の観察やカヌーでの川渡りをし、昼食は皆で飯盒炊飯をしてカレーを作り、夜はバーベキューをした。問題が起きたのはその翌朝だった。

 昨日の集団自炊と違い、朝食は合宿施設の食堂で用意された。朝食のメニューは、白飯、味噌汁、サラダ、そして目玉焼きだった。二人は隣同士の席に着き、目玉焼きが出た事を喜んだ。

 一人が醤油を取って、目玉焼きにかけ、隣の友人に渡そうとしたら、その子はそれを制してソースをかけた。何気なく訊いた。ソースなんかかけておいしいのか、と。

『おいしいよ。君はいつも醤油なんかかけているの? 目玉焼きは洋食だよ。醤油よりソースの方がおいしいよ』

『え? 玉子かけご飯をする時には醤油をかけるよね? という事は、玉子には醤油の方が合うってことだよね』
『絶対、ソースの方がおいしいね』
『いや、醤油だよ』
 二人はお互いの目玉焼きをちょっとつまんでみた。
『やっぱりソースの方がおいしいじゃん』
『ううん、醤油の方がおいしかったよ』
 二人は譲らなかった。次第に掴み合いの喧嘩に発展し、静かな筈だった朝食が騒然となってしまった。二人はその日はもう口を利かず、その翌日からも、前のような仲良しではなくなってしまった。更には隣同士の家族も何だか気まずくなり、それからはちょっとした事でいざこざが絶えなくなってしまった――
 まあ、たとえるならこれくらい下らない事なのさ、この戦争は」
「言いたい事はそれだけか? つまりは銃を取りたくないと? という事は、君は目玉焼きではなく、私から大目玉を、民衆から生玉子を喰らいたいということだね?」
                       (了)2006/12/03


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