コインの旅路 #03 Running Man


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある三十歳前後の男性の財布に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないが。

 財布の小銭入れ部分はファスナーが付いた袋状になっており、俺はその小銭入れ内で揺られていた。同じ室内には、俺の他に100円白銅貨幣が2枚、50円白銅貨幣が1枚、10円青銅貨幣が4枚居た。
「おい、チビ、何か面白い話をしろ。退屈だ」
 不意に100円玉がこっちを向いて言った。100円均一、自動販売機、あらゆるシーンで活躍している100円玉だが、この傲慢さがいつもムカツクのだ。俺は不満だったが、話し出した。
「……じゃあ、こういう話は?
――ある男が道を歩いていました。すると向こうから、両手に缶ジュースを1本ずつ持った男が走って来ました。急いでいる様子はありません。まるでジョギングをしているようなゆっくりしたペースです。しかし、恰好はジャージのような運動向けの恰好ではなく、ジーンズにジャケットという恰好でした」
「ふむ、運動用の服を持っていない奴なんじゃないか? で、あくまでジョギング。そのジュースはスポーツドリンクじゃないか?」
「違います。男は気になったので、走っている男に聞いてみました。一体何をしているんですか、と」
「その答えは・・・?」
「走っている男はこっちを向いて、言いました……」

 その時、天井のファスナーが開いて、指が入って来た。
「わ、わ、ちょっと・・・」
 100円玉2枚と10円玉4枚が引っ張り出され、同時に、指に引っ掛かった俺は地面に落ちた。財布の持ち主の男は自販機から、缶ジュースを2本買い、そして、両手に1本ずつ持って走り出した。ゆっくりジョギングをするようなペースで。
 財布に一人残された50円玉は「で、落ちは?」という気分だろう。
地面に残された俺は、走る男を見ながら、「落ちを伝えられないのが残念だ」と思った。
                              続


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