オーディション


「次の方、どうぞ」

 ノックも無くドアが開いて、次の候補者が部屋に入ってきた。
「ちぃす」

 入って来た男は、くちゃくちゃとガムを噛みながら、ポケットに手を突っ込んで歩き、断りも無く椅子に座った。派手な色の服で、首や腕や指にはジャラジャラと沢山のアクセサリーを付けている。
「まずは、しぼうどうきを、ききましょうか」
 男の身なりから知性の欠片を見付けられなかった私は、ゆっくりと言葉を区切って言った。このオーディションには老若男女問わず色々な者がやってくるので、こういう喋り方もお手の物だ。
「何ていうかー、日常に虚しくなってー、そんでふと思い立ってー。一念発起って言うの? そんな感じっす」
 間延びしているが、一応会話は出来るようだ。私は普通の話し方に戻した。

「そうか。動機はふと思い立って、と。特に強い動機は無いわけだね?」
「うぃす」
「では、君はどういう役をやりたいのかね?」
「何でも良っすよ」
「何でも良い、と」
 最近は動機が薄い者が多くて厄介だ。昔はこういう者はごく一部で、「どうしても」という動機の者が大半だったのだが。助手が書類に記入し終わったのを確認し、次の質問に入った。
「では、こういう質問はどうだろうか? あなたは今、船に乗っています。船にはあなたの大事な物が積んであり、他に物を載せると沈没するというギリギリの状態です。その船で海を進んでいると、溺れている人が居ました。どうしますか?」
「そりゃ、荷物捨てて載せるっしょ。溺れてんだよ?」
「ほう」
 意外な返事だ。このオーディション会場には嘘発見器を設置してあるため、嘘ならば助手の手元にある水晶球が即座に赤く光るのだが、それも光らない。
「では、次の質問。あなたの恋人が、自らの命を断とうとしています。どうしますか?」
「何すか? さっきから変な質問ばっか。止めるっすよ、絶対に」
「ほう、君にその資格があるのかね?」
「資格? そんなの関係ないっすよ」
 嘘発見器はまたも光らない。
「分かりました。もう結構です」
「うぃす」
 男が部屋を出たのを見て、私は助手に問うた。
「どうだろう?」
「不合格ですね」
「そうだな」
 私は書類に不合格の印を押した。
「御覧下さい、閻魔様」
 助手は水晶球を指し示した。水晶球には先程の男が映っている。
 死亡動機が弱く、地獄不適合で自殺不合格となって生き返ったその男は、その男の自殺を発見して後を追おうとしている恋人を見るなり、駆け寄ってその頬を張り、泣きながら抱きしめていた。
                       (了)2006/12/23



Copyright(C) 2005-2008 ekiin@jigoku-sanchome. All rights reserved.
Never Reproduce or republicate without written permission.