山田君の違和感


 始まりは、ある朝の登校時のことだった。山田君とは小学生の頃からの付き合いで、中学になってからも毎朝一緒に登校しているのだが、その朝も山田君の家の前に自転車を停め、玄関のチャイムを鳴らすと、程無く出て来た。この時から山田君の妙な言動が始まったのだ。
「あれ? その乗物はどうしたんだい?」

 山田君は開口一番、僕の方を見てそう言った。一体何を言っているのか量りかねていると、「それだよ」と僕の自転車を指差した。新しい遊びでも思い付いたのだろうか。そう思い、「これは自転車という乗物だよ」と答えた。
「それが? あれ? そんなのだったっけ?違和感があるなあ」
 何かもっと気の利いたことでも言うのかと思ったのだが、山田君はそう言ったっきり黙ってしまった。腑に落ちないというような顔をしながら、徒歩通学の山田君は僕の自転車と並んで歩き始めた。

 この朝を皮切りに、妙な発言が度々出るようになったのだ。三時限目の体育の時間には、山田君はしきりにボールを見ていた。
「ソフトボールのボールってこんなのだったっけ?」
「そうだよ。先週もやったじゃないか」
「何か違う気がするんだよなあ」
 その時は、体育教師の笛が鳴ったので話は中断したが、教師の前に整列している間も、山田君は相変わらず腑に落ちない顔をしていた。

 給食の時間に、きつねうどんが出ると、それを見て、またも山田君は言う。
「これは?」
「見ての通り、きつねうどんだよ。てか、その遊び詰まんないから、やめようぜ」
「いや、きつねうどんのキツネは……」
 何かを言おうとしていたが、日に何度もそんな事を言われると、さすがに僕も飽きていたので、無視を決め込んだ。

 その日一日でそれが終わったのなら、もうそのことは忘れようと思っていたのだが、翌日も翌々日も同様に「あれって、あんな形していたっけ?」「違和感がある」などという事を何度も言われるので、だんだん腹が立ってきた僕は、山田君を問い詰めることにした。「おい、僕の自転車がどうかしたのかよ?」
「その乗物は、自転車とは違う気がするんだ。最初はただの違和感だったんだけど、だんだん僕が自転車だと認識する乗物とは違うという感覚が強くなるんだ」
「君が自転車だと認識する乗物?」
「僕が自転車だと思っていた乗物は、細い車輪が前後に二つあって、後輪に掛けられたチェーンをペダルで漕いで進むという物なんだ。それに対し、君が乗っている乗物は、大きく太い車輪が一つだけで、その内部に座席があって、転がって行くという物じゃないか」
「自転車って、自ら転がる車と書いて自転車だぞ。だいたい、君の言うような細い車輪を前後に配置した乗物では、左右が不安定で危ないじゃないか」
「いや、しかし……」
「では、ソフトボールはどうだ?」
「僕の中では野球と殆ど同じスポーツだと思っている」
「そうだ。ルールはほぼ同じだ」
「しかし、あの風船のように柔らかいボールでは野球のようなスポーツは出来ないよ。あのボールは違うよ」
「ソフトボールと言うくらいだから、柔らかいボールで当り前じゃないか。ソフトボールなのに当たって怪我するような硬いボールを使っていたらおかしいだろう」
「うーん……」
「では、給食のきつねうどんは?」
「僕はきつねうどんのキツネとは、油揚げのことだと思っていたんだけど、あれは肉うどんだった」
「肉うどんは、牛肉だろう?」
「牛肉ではない肉の、肉うどんだった」
「そりゃ、きつねうどんというからには、キツネの肉が入っていないとおかしいじゃないか。ただ油揚げが乗ったうどんでは、詐欺みたいじゃないか」
「ああ、やっぱり君もそうか。皆そう言うんだよ。やっぱり僕はおかしくなってしまったのかも知れない」
 山田君は両手で顔を覆った。そして尚も呟く。
「違和感なんてものじゃないんだ。はっきりと、僕と皆の認識に違いがあるんだ。万年筆もそう。七面鳥もそう。何もかもが誰かの手で作られた、作り物の世界にいるような気がするんだ」
                       (了)2007/07/01


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