エスパー江藤のテレパシー


 隣に住む江藤さんは超能力者なんだってさ。名前の響きが「エスパー伊藤」みたいだけど、鞄に入るとか、カキ氷を高速で食べるとか、ぐらぐらに煮えたおでんを高速で食べるとか、そういうんじゃなくて、テレパシーとか、テレキネシスとか、本当の超能力が使えるんだってさ。
 今日は、江藤さんがテレパシーを使った時の話をするよ。江藤さんが引っ越して来て、丸一年くらい経った夏の日の事だった。夜中に、隣の家から何か物音が聞こえたんだ。こう、カキン、カキン、と。その音が気になって僕は目が覚めてしまったんだ。
 気になって、ベッドをでると、今度はザクッ、ザクッという音になって、玄関を出て、門扉から隣の庭を覗いてみると、そこに江藤さんが居たんだ。
「こんな時間に何してるんですか?」と、問い掛けると、一瞬ビクッとした後、スコップを持った手を止めて、江藤さんが頭を掻きながら振り返ったんだ。曰く「音がうるさかったですか? どうも、すみません」
 見ると、江藤さんの足元のセメントで固められた所が割れており、その中に土が盛られていたんだよ。音で目が覚めちゃった事は別に良いけどさ。何をしてたのかが、気になるんだよなあ。
「これを見て下さい」と言うので、見てみると、その近くに植えてある木の幹に、蝉の幼虫がくっ付いていたんだ。ちょうど背中が割れて、白い成虫がそこから出ようとしているところ。
「私が引っ越して来る前は、ここの地面は土が剥き出しでした。その下にこいつがいたんですよ」
 江藤さんはそう言うと、蝉をまじまじと見た。
「ところが、私が越して来て、ここをセメントで固めてしまったので、蝉が出られなくなってしまったんですよ」
「蝉を出すために? 一体何故そんな事が分かったんですか?」
「実は……私は超能力が使えるんですよ。蝉の、悲痛な叫びが頭に響いて、眠れなかったんです。お騒がせしてすみませんでした」
「超能力? 俄かには信じ難いですが……でも、蝉を助ける為に、こんな夜中に肉体労働とは、優しい方なんですね」
「いえ、起こしてしまってすみませんでした」
 僕は、迷惑よりも、その心意気が気に入ったので、そのまま挨拶をして帰ったんだ。翌日には、その掘り返された所はまたセメントで固めてあって、その傍の木には、蝉の抜け殻が残っていたんだ。
 ただ、どういうわけか、それから江藤さんの奥さんを見ていないんだよなあ。旦那があんな優しいから、奥さんが逃げるとは考えられないんだけど。

                       (了)2008/08/31


Copyright(C) 2005-2008 ekiin@jigoku-sanchome. All rights reserved.
Never Reproduce or republicate without written permission.