家長の書斎


 書斎が欲しい。
 うちは決して裕福ではないが、貧しくもない。中流家庭を自認しており、家も決して狭くない一戸建てである。それなのに、長女と長男の部屋はあって、俺の書斎が無いのは何事か。俺は一家の主だぞ!

 書斎が欲しい、書斎が欲しい。
 長女は最早高校生、俺は部屋には立入禁止にされている。くそう、鍵付きの部屋など与えるんじゃなかった。長男は自分の部屋で漫画を読んだり、テレビゲームをしたり、散らかし放題好き放題、自らの城としている。夫婦の寝室やダイニングは妻の趣味に支配されている。リビングも掃除の時などに邪魔者扱いだ。俺が落ち着くべき部屋は、どこにも無いじゃないか!!

 書斎が欲しい、書斎が欲しい、書斎が欲しい。
 同僚の鈴木は、DINKSで、自分の書斎を持っている。見せて貰った事があるが、その書斎で安楽椅子に座る鈴木は、ちょっと出来る男に見えた。あの鈴木の馬鹿が賢そうに見えた。非常に羨ましかった!!!

 書斎が欲しい、書斎が欲しい、書斎が欲しい、書斎が欲し……ん? これだ!
 テレビのCMで「The書斎」という商品が紹介されていた。室内に防音機能のある間仕切りで囲まれた空間を設置出来るとの事。幸い我が家のリビングは八畳あり、ちょっと片付ければこれを設置するスペースを確保出来そうだ。

 そして、ついに俺の書斎が出来た。うーむ、静かだ。間仕切りの外側では妻が連ドラを観ているが、その物音はこちらには全く聞こえない。素晴らしい。俺の……家長の書斎だ!
 しかし、恥ずかしながら、数日後その書斎は嫌になってしまった。狭くて窓が無い。息が詰まりそうだ。それに寂しい。夢の書斎だったのだが、これではまるで座敷牢だ。溜息ながらに座敷牢、否、書斎から出ると、長男が待ってましたとばかりに声を掛けて来た。
「あの、父さん、俺、ギターが欲しいんだけど……」
「ああん? すぐ周りに影響されるな! どうせすぐ飽きるんだから。小学生の頃のマウンテンバイクもそうだ。あの時も……」
 長男は俺の背後の座敷牢をちらちらと見ている。
「ぬぬ……幾らだ?」
「え?」
「そのギターの値段だ」
                              了


Copyright(C) 2005-2008 ekiin@jigoku-sanchome. All rights reserved.
Never Reproduce or republicate without written permission.