コインの旅路 #04 Currency


 俺は1円アルミニウム貨幣。造幣局から出荷され、その後日本各地を転々とし、今はとある三歳くらいの男の子のポケットの中に居る。と言っても、いつここから出されるかは分からないが。

 この子供に拾われる前、俺はひょんな事から地面に落ちてしまい、しばらく風雨に晒されていた。そんな薄汚れ、ささくれ立った俺を拾ってくれたのは、天使の様な笑顔の、可愛らしい男の子だった。その子は俺を拾うと目を輝かせ、服の裾で俺をピカピカに磨き、喜んでポケットに入れた。
 日頃最安価硬貨として端数という扱いしか受けていない俺は今、非常に幸せだ。下手に硬貨の価値を理解した小学生以上の連中は俺を馬鹿にするんだよ。
 男の子は俺を持ち帰り、裏返したりしながら何度も俺を眺めた。しかし、本当は俺を所有したいのだが、正直に交番に届ける事にした。交番に届けると、巡査は男の子の頭を撫でて言った。
「偉いなあ、坊や。これからも拾ったら届けておくれよ。そう約束してくれたら、これ貰っちゃって良いぞ」
「本当?」
「うん。落とした人が来たら、お巡りさんが代わりに言っておいてあげるから」
 男の子は礼を言って、俺を持ち帰った。家に帰ると、何度も引っ繰り返しながら俺を嬉しそうに眺めた。そして暫くすると、「宝箱」と書かれた箱を持って来た。宝箱? 俺を宝物として扱ってくれる様だ。有難い話だよ。
 男の子は宝箱を開けた。その中には、ボトルの王冠やアルミキャップ等のガラクタが入っていた。無邪気なもんだ。金の価値など知らない方が幸せなのかも知れないな。

 翌日、男の子は宝箱を持って、遊びに出掛けた。公園で友人と共に遊び始めた。友人も王冠やナット等、丸くて金属光沢がある物を宝物として収集しており、二人でそれを見せ合った。友人は男の子の宝物である俺を見ると、この上なく欲しそうな顔をした。
 二人の間では、この宝物が貨幣として流通している様である。男の子が蜻蛉を捕まえれば、友人は宝箱から何枚か取り出して男の子に渡して蜻蛉を貰った。友人が自宅から持って来た菓子を取り出すと、男の子は宝箱から何枚かを取り出し友人に渡して、菓子を分けて貰った。
 しかし、男の子に隙が出来た時に俺はその友人に盗まれ、男の子は俺が無くなった事に気付き、慌てた。そして喧嘩になった。男の子は泣いた。友人も泣いた。男の子の母親が通り掛り事情を聞くと、俺は母親に没収された。
 二人はたかだか1円の為に泣いた。俺ら貨幣は罪深い。人と人との諍いの種になってしまう。こんな幼児の間でも。
                               続


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