2010年11月度目次
 #1450 「東海道五十三次(22)」 水口宿〜石部宿〜草津宿〜JR膳所駅。
 #1451 「東海道五十三次(23)」 JR膳所駅〜大津宿〜京都・三条大橋。
 #1452 「間」 間があいて 間が抜けている 間の日記。
 #1453 「左」 思想とは 関係無しの 左利き。
 #1454 「鶏」 酢とソース チキン南蛮に 三種あり。
 #1455 「隼」 はやぶさの 駆ける青森 飛ぶ宇宙。
 #1456 「残」 食べ残し 包めば料理 捨てればゴミ。
 #1457 「袋」 胃袋に プレッツェル入れ 池袋。
 #1458 「刑」 人裁く 心渇いて 人砂漠。
 #1459 「命」 捨てられた 犬猫生死 紙一重。
 #1460 「神」 ミルトンは 失明の後 失楽園。
 #1461 「琴」 技術の世 大正浪漫も 電気式。
 #1462 「煙」 雨寒く 懐寒く Purple Haze。
 #1463 「北」 きな臭い 黒煙上がる 半島に。
 #1464 「弦」 大正の 世から密かに 進化せり。
 #1465 「米」 鳥食わぬ 秋ではなくて 飽き来たか。
 #1466 「湯」 ラクーアに 行ったが風呂の 話題無し。
 #1467 「銀」 銀杏の木 帝都の木なり 黄なり哉。
 #1468 「蝦」 因縁の ボストンクラブ 歌舞伎者。

2010年11月30日(火)
駅日誌(1468) 「蝦」

先日、歌舞伎役者の市川海老蔵が殴られて、顔に怪我を負ってしまい、出演予定だった舞台を交代せざるを得なくなりました。
私は、能や狂言は観た事があるのですが、歌舞伎は観た事がないので、市川海老蔵の実力の程は分かりませんが、市川一門の売りである「にらみ」に支障が無いかは心配される所です。
しかし、ファンの方にバッシングを受けるのを承知の上で書かせて頂くと、私は実は市川海老蔵はいけ好かないのです(ファンの方、申し訳ありません)。
数々の破天荒な行動、女にだらしない感じが何ともいけ好かんわけです。その一方で、父である市川團十郎はしっかりしているなあ、と感じます。
私生活については、何をやらかしても何も言わないが、プロフェッショナルとしての姿勢がなっていない場合は激怒します。
今回も、飲んでいた日は、歌舞伎の記者会見をずる休みして飲んでいたとかで、團十郎が、その事には怒りを感じています。
無論因縁をつけて殴った人物が悪いのは言うまでもないのですが、人に因縁をつけられるような言動をしているせいだとも言えます。
それにしても、昨年の押尾学といい、今年の海老蔵といい、女にだらしないイケメンが次々と受難していますな……女にだらしないそこの貴方、受難の日は近いやも知れませんぞ。うーむ、男の嫉妬はみっともないなあ……
                                     駅員@因縁の ボストンクラブ 歌舞伎者

2010年11月29日(月)
駅日誌(1467) 「銀」

銀杏の葉が綺麗に黄色くなっています。思わず帰り道で写真を取ってしまいました。ちょっと前はこういう道を歩くと銀杏の実特有の異臭が漂っていたものですがね。
それにしても、銀杏の実を最初に食べた人は一体何を考えて食べたのだろうと思います。実際食べるのは臭い実の中の種の殻の内部なのですが、あの臭いを食べられる物だと判断した人は勇者ですね。ピータンなんかもそうです。何故卵を地面に埋めて、黒くなった物を食べるんだ!? と。
私なりに推理してみると、恐らくは最初は罰ゲームだったのではなかろうか? 思い付きで、「お前よう、この臭い実食ってみろ!」とか、「地面に埋めて隠してた卵が黒くなっちまったんだけど、お前食ってみろや」とか……そういう事なら、哀しい哉、人間は大昔から虐めをする動物だったという事です。下衆な生物です。
                                    駅員@銀杏の木 帝都の木なり 黄なり哉

2010年11月28日(日)
駅日誌(1466) 「湯」

土曜日の早朝に、東京ドームシティにある温浴施設「ラクーア」に行きました。ここを利用するのは初めてです。では、ラクーアを楽しむ事が出来たか? 否……利用した動機と時間が悪かったです。金曜日、朝四時まで飲んで、あくる土曜日が朝から仕事だったのです。タクシーでラクーアまでやって来て、入館後、ワイシャツと肌着・靴下・パンツを購入。ネクタイも売っていたのですが、ネクタイは買わず、スーツとネクタイは昨日と同じ物で良いや、と。
肌着・靴下・パンツは自動販売機でした。酔っていたせいで気が変わったのか、妙なケチ心が芽生えたのか、パンツはちょっと安いブリーフを選んでしまいました。うーむ、ブリーフを履くのは、いったい何年振りなのだろう? 中学か高校からトランクスでしたから、20年近くぶりに履きました。お久しブリーフです……あ、あかん、まるでこのさぶいコメントを書く為に、ブリーフを買ったみたいではないか!
「お久しブリーフ」とは、田代まさしが2008年に刑務所から出所して初めての冠番組で、動画配信サイトで配信されていました。しかし、この9月にまた逮捕されてしまいました。

さて、肝心の風呂なのですが、ちょっとでも眠りたかったので手短に済ませました。本来ならば色々な風呂に入ったり、サウナ+水風呂を何往復かしたかったのですが。
風呂上がり用の衣類に着替えて、リクライニングチェアで眠れるコーナーへ。「お久しブリーフ」は、矢張り履き心地が悪く感じました。うーむ、子供の頃、ブリーフからトランクスに変えた頃も味わった落ち付かなさの再来、のような。
そう言えば、昨年初めて台場の「大江戸温泉物語」に行った時には、ふんどしを買いました。どういうわけか、私にとって、温浴施設は履き慣れないアンダーウェアを買う場所になりつつあるのか。
                                  駅員@ラクーアに 行ったが風呂の 話題無し

2010年11月25日(木)
駅日誌(1465) 「米」

今朝、出勤のために駅に向かっていると、地面に米粒が落ちていました。無論、一粒だけでは気付くわけもなく、それなりの量が落ちていたわけです。見ると、その米が駅の方に向かって道案内するかのように続いています。
ああっ! これはもしや、ヘンゼルとグレーテル!? グリム童話のヘンゼルとグレーテルは、親に口減らしのために山に捨てられたのですが、事前にその危機を察知して白い石ころを集め、帰れるように道標として道中に置いて歩きました。それで一度は帰れたのですが、二度目は石を用意するチャンスがなく、しょうがないので弁当として持たされたパンを千切って道に落としました。しかし、後でパンを辿ろうとすると、鳥に食べられて無くなっていたのです。それで帰れなくなって、御菓子の家を見付けて……
このパンを落として置くという逸話と似ています。もしや、何者かがさらわれて、それで道標に!? なーんて事を言っていると「脳味噌がメルヘン」と嗤われますね。実際の所は、買った米袋が何かに引っ掛かって破れたのでしょう。
何と言う事のない話でした。だがしかし、もう一つ不思議な事があるのです。帰りも同じ道を歩くわけですが、半日以上経過した後なのに、その米の殆どが残っていたのです。駅の周りには、鳩も鴉も雀も良く見掛けます。そして、食物の乏しい冬に向かおうという時期です。こんなに米があるのなら、鳥が沢山食べていて然るべき筈……その米が沢山残っているのです。是は如何に? 都市部に住む鳥にとって、生米なんか魅力的な食べ物ではないのでしょうか。それとも、食べたくない、食べられない何らかの事情があるのでしょうか。
                                  駅員@鳥食わぬ 秋ではなくて 飽き来たか

2010年11月24日(水)
駅日誌(1464) 「琴」

安く買えた電気大正琴……鍵盤の付いた五弦の楽器です。鍵盤のある弦楽器という点ではピアノに似ていますが、こちらは鍵盤を押して弦をピックで弾いて鳴らします。また、和音は弾けず、出来るメロディやリフは限られます。
届いたので早速弾いてみました。が、矢張り音感に乏しい私は音程の相対的な高低は分かっても、チューナー無しで調律など出来ません。いやいや、それ以前に、五本ある弦のどの弦をどの音に合わせれば良いのかさえ分からず。調べてみると、細い1〜3弦は開放弦(どこも押さえず)でG(ソ)に、太い4、5弦は開放弦で1オクターブ低いGに合わせるそうです。チューナーを買って来て、調律……合わせてみると、成程、キチンと鍵盤に合わせて音が鳴ります。
気になるのは、キーを押さえる時の音、弦を指で押さえるギター等と違って、金属板のような物で押さえるので、それが当たる時の音が気になります。これは押さえ方の練習が必要かも。

今回買ったのはエレアコタイプなので、集合住宅で夜に弾くには音が響き過ぎてしまうため、弱音器(弦の響きを押さえる器具)を装着。
電気大正琴、というからにはアンプに繋いでの演奏も可能です。ギター等同様に、ボリューム(音の大小)とトーン(音の硬軟)のツマミが付いていて、シールド(ケーブル)を接続する穴もあります。実家に、ベース用ですがアンプがあるので、正月に帰省した時に持って来ようと思います。
あと、エフェクターも接続可能です。私はギター経験者ではないのでエフェクターを使った事はないのですが、オーバードライブかディストーションかファズか、歪み系の物を買ってみようと思っています。ギターとはまた異なった音がしそうで楽しみです。また、ストラップを付けられるように改造すれば、ショルダーキーボード風にも使えるかも……結構色々いじれそうです。
しかし、先ずはそれまでに童謡等からちょっとずつ練習するか〜。

                                     駅員@大正の 世から密かに 進化せり

2010年11月23日(火)
駅日誌(1463) 「北」

北〜の〜〜 酒場通りには〜〜♪ 長〜い〜〜髪の女が似合う〜〜♪
ちょっと〜御人好しが良い〜〜♪ 口説かれ上手な方が良い〜〜♪
   〜細川たかし「北酒場」より〜

北朝鮮が新たなウラン濃縮施設を作っていた事が明らかになったかと思ったら、今日は韓国軍が国境付近の島で行った軍事演習に対して砲撃をしました。それに韓国軍が反撃し、砲撃戦が勃発しました。韓国軍人2人が死亡、重軽症者10数人、民間人にも負傷者が出ているそうです。
今回の島(延坪島)は韓国領なのですが、離島で、朝鮮半島沿岸からの距離は北朝鮮の方が近いという位置にあります。これまでも、ここでは韓国は軍事演習をしていましたし、韓国軍と北朝鮮軍で銃弾が行き交った事もありました。
しかし、北朝鮮の砲弾が韓国領土陸上に着弾したのは、朝鮮戦争以来の事だそうで、朝鮮半島が急速にきな臭くなってきました。金正恩が北朝鮮ナンバー2に上がって来た事(即ち、次期指導者になる事)による国威発揚でしょうか。だとしたら、金正日はもしかしたら、自分がもうそう長くないと内心感じているのかも知れません。健康状態が芳しくないような事は今年に入ってからニュースで報じられた事もありました。
ウラン濃縮施設の件で、六カ国協議も、米国主導の核不拡散推進も計画が破綻してしまいました。ここへ持って来て今回の砲撃……下手をしたら戦争に発展する可能性もあります。日本も巻き込まれたら……米軍の陰に隠れて怯えるだけなのでしょうか。現代の弱体化した日本人(無論、私も含まれます)に、戦争は耐えられるのかどうか。
核兵器が開発された頃から防衛の概念は大きく変わり、「核抑止」という概念……即ち、持っている国同士で一方が撃てば共倒れになるので、結局撃つには至らないという論理が出来ましたが、果たして、北朝鮮にもその理屈は通用するのかどうか。終末時計の針は、また一気に進んでしまうのかなあ。

北〜の〜〜 (金日成)広場通りには〜〜♪ 長〜い〜〜軍のパレード歩く〜〜♪
周りは〜御人好しな国〜〜♪ 黒光りする砲を撃つ〜〜♪

                                      駅員@きな臭い 黒煙上がる 半島に

2010年11月22日(月)
駅日誌(1462) 「煙」

ラッキーストライクと思っていたらば ケント外れでラーク出来ず♪ セーラム服の女学生を キャメルと思えば I CAN NOT♪ キキョーこの頃の女は クールでバカバで峰っぱり♪ 脇の下はケルベゾルテ♪
   〜所ジョージ「タバコショウカ」より〜

10月1日から、煙草の一斉値上げがありました。私はそのタイミングで吸う銘柄を「ホープ」から「わかば」に変更した事は既に当日誌で書いた通りです。
20本300円→440円になる所を、300円→250円に逆にコストダウンを実現してしまいました。してその味は? 最初は好んで吸っていた「ホープ」と比較して劣ると感じたのですが、もう慣れました。元々私はアンチライト系煙草吸いだったので、キツくて吸えないなんて事もなく、割とすんなりでした。丁度値上がり前の9月頃から、コンビニの棚に「わかば」と「エコー」が普通に並ぶようになっていたのです。うーむ、まんまと術中にはまってしまっているのかも知れません。
さて、「わかば」は旧三級品と言われる煙草の一種で、元々の価格設定が安いのです。値上がり前は何と190円。他に前述の「エコー」と、「しんせい」、「ゴールデンバット」、「バイオレット」、「うるま」があり、200円〜250円で売られています。
このうち、「バイオレット」と「うるま」は沖縄限定です。以前、沖縄に行った時に、「うるま」のタツノオトシゴデザインが可愛くて、試しに買った事があったのですが、随分いがらっぽい味でした。その点、「わかば」は比較的マイルドです。
無論、旧三級品という税制上の優遇点もあるのですが、それ以前に矢張り地道なコストダウン(或いはコストアップ回避)が図られています。通常最外層にあるフィルムがなく、銀紙+紙外装のみです。印刷も色数を抑えていて、紙質や封のされ方も安っぽさは否めません。
まあ、貧しい労働者である所の私にはぴったりかも。

煙草が値上がりした頃には、「ワン・スモーク」という喫煙具を扱う店で煙管を物色した事があります。ふと目に入り、煙管という手もあるなあ……なかなか粋な吸い方になりそうだぞ、と思ったのですが、その時は結局買いませんでした。何でも、煙管って、2〜3口吸っただけで次の煙草に入れ替えないといけないのだそうで、何だか忙しそうだと思ったのです。憩いの時が忙しくなってはなあ、と。それでも、いつかは一度試してみたいです。
                                        駅員@雨寒く 懐寒く Purple Haze

2010年11月21日(日)
駅日誌(1461) 「琴」

いかんいかん……休みの日に眠り過ぎてしまいます。病気じゃないかっていうくらいに。金曜日の深夜2時頃就寝〜日曜日10時頃まで眠ってしまいました。24+8=32時間。無論、その間目がちょっと覚める瞬間はあり、それは記憶にあるのですが、トイレにも立たずに32時間連続で布団に入っているのは異常です。まあ、昔から元々予定のない休日は遅くまで寝ているのがザラなのですが、今のこの状況は異常です。寒いから? 否、まだ寒くなる前にも、暑い時期にも、たまにこういう事はありました。これは一体どうした事だ? 眠りに詳しい方がいらっしゃったら、何か助言を賜りたく。

さて、初めてヤフオクで物を買ってみました。以前からちょっと気になっていた楽器……「電気大正琴」です。一時期、楽器店を色々と物色した事もあるのですが、扱っている店は少なく、あったとしても結構高くて、試しに買ってみるには、ちょっと躊躇ってしまいます。
中古品ですが、安い価格で手に入ったので、試しに買うには丁度良いです。電気式なので、アンプにつないで演奏出来ます。アンプは、ベース用ですが、遥か昔に買った物が実家にある筈なので、それを今度帰省した時にでも持ち帰ろうと思っています。アンプに繋がないと大きな音は出ませんが、練習は出来ますし。決済が済んで、後は到着を待つのみです。明日の不在中に届いて、明後日の休日に触れると良いなあ。
で、「電気大正琴」とは何かというと、電気式の大正琴です。電気式の部分は、アンプにつないで音を出すという点で、エレキギターやエレキベースと同じです。では、「大正琴」というのは何かというと、大正時代に発明された鍵盤式の琴です。左手の鍵盤で音程を決めて、右手でピックを使って弦を弾くという物です。電気式なので、エフェクターを使う事も出来そうです。どういった音が鳴り、どういった演奏が出来そうかは、まあ届いてからのお楽しみというやつです。
                                      駅員@技術の世 大正浪漫も 電気式

2010年11月19日(金)
駅日誌(1460) 「神」

以前、ダンテの「神曲」を読んだことがあるのですが、同じくキリスト教系の文学作品であるミルトンの「失楽園」を読み終わりました(渡辺淳一の、ではないですよ)。私はクリスチャンではなく、寧ろ、どちらかと言うとアンチクライストなのですが、これはこれで御話としては面白いものなのです。キリスト教の信仰者が世界に多いのも分かります。私は信仰はしていませんが、物語としての完成度は高いという点は認めています。
特に、私が面白いと感じるのは、悪魔サイドの描写です。「神曲」でも「失楽園」でも、サタン(ルシファー、ルチフェロ)が登場し、他にも悪魔関係の登場人物が複数出て来ます。「失楽園」では、サタン及び彼に同調した堕天使たちが地獄に落とされる所から始まり、回想シーンで、神と天使サイドとの戦闘も描かれています。不満なのは、サタンが弱過ぎるという点です。堕天したとは言え、神に次ぐ地位にあったのに、それよりも地位の低い天使に押されたりしてしまうわけです。神に敗れるのはしょうがないにしても、他の天使にも押されているようでは、弱く見えてしょうがないのです。もっと、拮抗した戦力による手に汗握る闘いが見たかったのになあ……おっと、この作品は、バトルで魅せるエンターテインメントではないのでした。
「失楽園」では、サタンの敗北、天地創造、サタンに惑わされた事による「善悪を知るの実」を食べてしまうアダムとイブ、そして楽園追放までが描かれています。ストーリーとしては旧約聖書ですね。追放される前に大天使ミカエルによる「救世主(キリスト)が現れるまでの未来の予言」説明があり、カインによるアベル殺し、ノアの方舟、出エジプト、バビロン捕囚等が台詞の中で描かれています。
それにしても、旧約・新約の聖書の至る所においてですが、神は人間を試し過ぎだと思ってしまいます。新約聖書でキリストがサタンにたぶらかされそうになるシーンで、「神は人を試さない!」とキリストは言っているのですが、試し過ぎだろう、と。「善悪を知るの実」もそうですし、カインによるアベル(弟)殺しでもそうです。カインはアベルの捧げた生贄が神に受け入れられて、自分の捧げたのが受け入れられなかったのを嫉妬して殺害に至るわけです。全能なのに、何故、敢えて心に不平というしこりが残るような事をするのか? 試している以外に何がある? 神は意地悪です。
こんな事を書いていると、最後の審判の時に、私のジャッジは地獄行きだろうなあ。否、現代人で天国に行ける者など果たしてどれだけ居る事か……キリスト教国にも、イスラエルにも、サタンとその眷族並に血生臭い人ばかりですからねえ。
                                       駅員@ミルトンは 失明の後 失楽園

2010年11月18日(木)
駅日誌(1459) 「命」

ペットとして買われた動物が、多頭飼育の失敗による放置や、捨てられて野良化したら、その後一体どうなるか? そのまま山に逃げて野生化? 自然が豊富だった昔なら、そういうケースが多かったのだと思います。人間の手で自然が失われた現在は、保健所に捕獲されての殺処分です。ナチスドイツのアウシュビッツ強制収容所で、ユダヤ人が大量に殺されたガス室……それのミニサイズ版のような場所にいっぺんに何匹も放り込まれて死にます。その映像を見た事がありますが、結構衝撃的です。
私は、保健所で働いている人々がナチスドイツ軍人のような人間なのだとは思いません。彼等も、野良犬に人間が襲われて怪我をする危険性を回避するためにやむを得ずやっているのです。しかし、殺される前に身元引受人……新しい飼い主が現れたらどうか? 野に放ってしまう事なく、犬猫を生かしておく事が出来ます。即ち、飼い主の居なくなった犬猫と、犬猫を飼いたい人間のマッチングが出来れば良いわけです。
そういう活動をしている団体は日本にも幾つかあります。そして、そういう団体が推進するプロジェクトとして、「まだ間に合うから」というプロジェクトがあります。平たく言えば、チャリティCDを販売して、活動資金にする、というプロジェクトです。
先日の日誌で、実家でいつの間にか捨て猫を拾って来て飼っていたという事を書きましたが、その時は実家に2泊したのですが、その間その猫を見ていると、情が移ってしまうものです。そして、この猫も殺処分紙一重だったわけです。となると、私も買わないわけには行くまい、というわけで、購入しました。ええい、偽善者だと嗤う者は嗤うが良いさ!
それにしても、2日続けて「命」というちょっと重いテーマで書いてしまいました。次はちょっとソフトなのを書こうっと。
                                      駅員@捨てられた 犬猫生死 紙一重

2010年11月17日(水)
駅日誌(1458) 「刑」

裁判員裁判で初の死刑判決が出ました。ついこの間、耳掻き店員親子殺害事件で、初の「死刑求刑」がなされたばかりですが、いつかは「死刑判決」の出る裁判も出て来る事は必至です。とは言え、存外それまでが早かったと思います。よって、この「死刑判決」の話題も、その「死刑求刑」の耳掻き店の話題と連続して語られがちです。
事件の背景、犯罪行為の詳細に違いはありますが、この2つの事件は両方とも2人を殺害している事件です。それが、一方は死刑求刑→無期懲役判決で、もう一方は死刑判決。それを分けたのは、今違いがあると述べた「事件の背景」、「犯罪行為の詳細」にあります。ストーカー殺人も不気味で極悪な行為ではあるのですが、今回の事件は残虐性において、その比ではありませんでした。生きたまま電気ノコギリで首を切ったという話です。
私は「山椒太夫」を連想しました。森鴎外の「山椒太夫」ではなく、昔場なりとしての「さんせう大夫」の方です。山椒太夫が厨子王に逆襲されるシーンで、山椒太夫は生きたまま地面に埋められて首だけを出し、その首を、太夫の息子・三郎にノコギリで切らせ、続いて三郎の首を厨子王がノコギリで切るというものです。
私が古典的応報刑論支持者だという事はこの日誌にも度々書いていますが、ハムラビ法典(目には目を、歯には歯を)をなかなか優れたバランスだと思っています。なので、死刑も賛成です。それどころか、前述の「鋸挽き」のような公開死刑でも良いのではないかとさえ思っている危ない野郎です。刑罰には「見せしめ」の効果も必要ではないかと思うわけです。昔話の寓話のようなシンプルな考え方ですが、要は「悪はどうなるか」が社会にはあって然るべきだという考え方です。
ギロチン等の公開処刑のあった時代と、そうでなくなった現在……人々の倫理観は、果たして良くなっているのか悪くなっているのか? 単純に比較する物差しを持ち合わせていませんが、私は良くなっているようには思いません。混雑した場所で人に平気でぶつかる人間が昔よりも増えているような……うーむ、ただ単に私が世を倦んでいるせいでしょうか。

また、裁判員をやってみたいという気持ちも相変わらずです。そして、死刑が妥当だと思えば、死刑を推すと思います。確かに、今回の判決で、裁判員の精神的負担が如何に大きいかは想像するに余りあるものがあるのですが、それでも……
                                          駅員@人裁く 心乾いて 人砂漠

2010年11月16日(火)
駅日誌(1457) 「袋」

池袋にプレッツェルの専門店「アンティ・アンズ」が出来ました。メニューはあの独特の輪の形状をしたプレッツェルと、棒状にカットされたプレッツェルです。手掛けているのは、コールドストーンクリ―マリーや、クリスピークリームドーナツを展開しているリヴァンプという会社です。
プレッツェルという食べ物には、大きく分けて2種類あります。1つはパンのような食感の柔らかくて大ぶりな物で、いま一つはスナックのように硬くて小ぶりな物です。昔、ブッシュ前大統領が喉に詰めたのも硬いタイプのプレッツェルでした。サザエさんの真似でもしたのでしょう。当時、イラク攻撃の時期で、イラク派兵反対派の中には、あのニュースの後、ホワイトハウスにプレッツェルを送り付けた人も沢山居たそうです。尚、ヨーロッパからは、間違えてパンタイプのプレッツェルが送られて来ていたとか。
今回出来た「アンティ・アンズ」の物は柔らかくて大ぶりな方です。このタイプのプレッツェルはドイツが発祥で、欧州ではプレッツェルと言えば、こういうパンの事を指します。そう言えば、プレッツェルの語感もドイツ語っぽいですね。

さて、その店は18日開店なのですが、関係者のみが食べられるプレオープンがありました。身の周りに関係者が居るため、御相伴に与かりました。
ここでは店内で焼いている焼きたてを提供しています。そして、時折店員の歌声が……これは、コールドストーンクリ―マリーで見た物と似ています。なるほど、このリヴァンプの手掛けるファストフードは、「出来たて感」をベースに、エンターテインメント性を加えた物というのをコンセプトとしているのだと想像されます。コールドストーンクリ―マリーでは、冷えた大理石の上でアイスを捏ねていますし、クリスピークリームドーナツでは、ドーナツを揚げる工程がガラス張りで見えるようになっています。ライブ感を重視しているわけです。
いや、もしかしたら、リヴァンプの手掛ける業態に限った話ではないのかも……昨今オープンキッチンを取り入れている飲食店が増えています。一方で、昔からの店でも、昨年話題になった餃子の王将も、カウンターに座ると見える所で調理しています。食はエンターテインメントである、かあ。

さて、肝心の味は? 私は、表面に岩塩がまぶしてあるだけのベーシックな物を食べたのですが、小麦粉とほのかな甘味、それと表面に付着した岩塩のシンプルな味で派手さはないものの、きちんと旨味があり、なかなか美味でした。毎日白飯を食べていても飽きないように、これはシンプルで飽きの来ない味なのかも知れません。無論、バリエーションは色々ありましたが、この商売が成功するかどうかは、矢張りこのベーシックなタイプが如何に飽きられずに愛されるかが肝だと思います。
                                      駅員@胃袋に プレッツェル入れ 池袋

2010年11月15日(月)
駅日誌(1456) 「残」

ドギーバッグ……レストランで料理を残して、持ち帰りたい時に入れるイレモノの事をそう言うらしいです。何でも、残り物をただ「持ちかえりたい」と言うのは恥ずかしいので、「愛犬に与えたいから包んでくれ」という口実にしたというのが名前の由来なのだとか。今では、その名称をそのまま商品名にした、文字通り「ドギーバッグ」という商品があるそうで、私も東急ハンズなんかで売られているのを見た事があります。
前者の一般名称としてのドギーバッグは、イレモノ自体は何だって良くて、「食べ残しを持ち帰る」という行為に用いるイレモノの事を指し、後者の商品名としての「ドギーバッグ」は、食べ残しを持ち帰るかどうかといった使い方は関係なく、その商品としてのイレモノの名称です。
何だかややこしい話になってしまいましたが、私としては、前者の一般名称としてのドギーバッグ……「食べ残しを持ち帰る」という行為が気になります。
昔は貧乏臭くて恥ずかしい行為だったと思われるタッパーを持って出掛けるという行為を巧みに言い換えた表現だとも言えます。
なるほど、日本国は食糧自給率が低いにも関わらず、食品廃棄物が多いと言われます。ならば、残飯として生ゴミに捨てられる運命だった物が、その全てがそうなるかは置いておいて、キチンと人の口に入るようにする事は何だか良い事のような気がします。
「もったいないおばけ」が出る心配もありません(昔、AC公共広告機構が放映していた昔話調のCMです……知っている人は結構歳かも?)。

だがそれにしても、ドギーバッグという名称の由来、店主はあまり快く思わないのではなかろうか? 「犬にやるから持ち帰る」ですからね。「てやんでえ! こちとら、ワンコに食わすために作ってんじゃねえや!」。昨今、富裕層の飼い犬なんかは、私なんかより良い物を食って居そうですが。
……というわけで、「ドギーバッグ」というよりも、与太呂の鯛飯みたいに折詰にして貰って持ち帰るスタイルの水平展開と位置付けては如何でしょう? 食べ残しの持ち帰りなのに、何だか粋で良い感じではないでしょうか? おっと、そう言えば、酔っ払った波平が買って帰る寿司も折詰ですね。しかし、紐一本でぶら下げて折詰を持っている姿も、あれはあれで今は失われた粋を感じさせます。
ファストフードにはテイクアウトがありますが、テイクアウトをやっていない飲食店でも、あくまでオプションとして「食べ残しを持ち帰れる」という選択肢を持つのはありなのではないか、と思います。店に予めそのためのイレモノが用意してあって、それを提げて帰る事が粋であるという風潮になれば、食品廃棄物も何ぼか減るかも知れません。
                                   駅員@食べ残し 包めば料理 捨てればゴミ

2010年11月12日(金)
駅日誌(1455) 「隼」

「隼」……「はやぶさ」と読みます。中学の時に、卒業アルバムか何かの企画で、クラス全員のQ&Aみたいな物がありました。その中に、「自分を動物に例えると何か?」「生まれ変わるなら何になりたいか?」というものがありました。後者は動物でなくても良いのですが、私はその問いに、「亀」「隼」と書いたのでした。当時の私はどうも、スピードが欲しかったようです。当時どういう心理状態だったかは何も覚えていませんが、そう書いた事は覚えています。

「はやぶさ」と言えば、東北新幹線が12月に新青森まで全線開通し、新型車両の「はやぶさ」の運転開始が、来年3月からになるという発表がありました。うーむ、プチ鉄ちゃんの私とてしては、3月以降に東北出張したいなあ……と思っています。あのロングノーズ、いかにも速く走りそうです。
「人間椅子」というバンドが好きだという事は、この日誌でも度々書いているのですが、その人間椅子のギター&ボーカルとベース&ボーカルは弘前出身で、以前FM青森で流れいてた東北新幹線開通の40秒CMで、「りんごの泪」という曲をバックに喋っているというのをやっています。この「りんごの泪」には、途中で台詞として「15時54分、青森発上野行き急行つがる、林檎は今日も売られて行く」というのもありますし、他にも「青森ロック大臣」「ED75」等、東北新幹線にピッタリの楽曲があります。CMは、こちらでDL出来ます。http://www.afb.co.jp/cm.html

「はやぶさ」と言えば、NECグループの展示会を見に行ったのですが、そこで、無人探査機「はやぶさ」のカプセルの展示をしていました。NECは何となくパソコンを始めとした家電メーカーというイメージが強いかもしれませんが、宇宙事業にも力を入れていて、無人探査機や人工衛星の製造にも大きく関わっているのです。無論、今回の「はやぶさ」製造にも深く関わっており、その流れでの展示です。流石に警備が物々しく、写真撮影も禁止だったので、ここに載せられないのが残念です。大気圏突入で焼けて黒くなっているヒートシールド(カプセルを覆う耐熱シールド)なんかシンプルな形なのですが、恰好良く見えました。


さて、冒頭の「生まれ変わるなら何になりたいか?」ですが、「夜逃げ屋」と書いた奴が居ました。面白かったので記憶に残っているのですが……まだ中学生。夜逃げ屋になりたけりゃ、生まれ変わる必要ないやないか!! そいつはそいつで、中々変り者なので、今でも帰省すると会う事が多いです。とは言え、中学時代も遠くなりにけりです。それは、無人探査機「はやぶさ」が飛んだ60億kmよりも遥かに遠いのかも知れません……しんみり。
                                   駅員@はやぶさの 駆ける青森 飛ぶ宇宙

2010年11月10日(水)
駅日誌(1454) 「鶏」

私は鶏肉が好きです。豚も牛も好きですが、特に。
その鶏肉の調理方の中に、チキン南蛮という物があります。
揚げた鶏にタルタルソースがかかっているやつです。私はこれも好きなのですが、実は今まで知らなかった事があります。それは、チキン南蛮には三種類あるという事です。

チキン南蛮は今でこそ全国区ですが、元々は宮崎県発祥の料理です。揚げた鶏肉に南蛮酢とタルタルソースというのがチキン南蛮ですが、私の中では南蛮酢とタルタルソースでは、後者の方に力点がありました。私が元々チキン南蛮として認識していた物は、タルタルソースに比して南蛮酢の力が弱過ぎる物でした。酷い物になると、チョロチョロっと甘酢ソースが掛かっている程度の物です。
しかし、名前からして「鶏の南蛮漬け」なわけですから、本来は南蛮酢に一旦どっぷり浸されたような状態の方が正式なのだと言えるでしょう。鯵の南蛮漬けなんかもそうですね。
帰り道にちょっと惹かれる店があったので、そこで食事をして帰ったのですが、そこの看板メニューはチキン南蛮で、まさしく、全面に甘酢が掛かって、その上にタルタルソースの載ったチキン南蛮が出て来たわけです。その時、ふと「嗚呼、ちゃんと南蛮漬けをしているなあ」と思いました。名前からすれば、これが本来の姿なのですが、急にこれまで食べていたチキン南蛮がまがい物に思えてしまいました。
この対比で二種類。残る三種類目は、正に南蛮漬けで、タルタルソースの掛かっていないものです。何でも、元祖のチキン南蛮にはタルタルソースは掛かっていなくて、今でこそ主流になっているタルタルソースはそのバリエーションの一形態だったわけです。

そんなタルタルソースの無いチキン南蛮というのもサッパリしていて良さそうです。例えば、玉葱人参等の野菜の具が豊富な南蛮酢だけのチキン南蛮というのも食べてみたいですね。

タルタル、と言えば、ミスタービーン(懐かしいなあ)で、ミスタービーンがレストランに食事に行くのですが、そこで、タルタルステーキという商品を注文します。微塵切りにした生肉と、玉葱等に味付けをした物なのですが、それとタルタルソースは刻んだ具材が似ています。元々のルーツは近い所にあるのでしょう。因みに、ミスタービーンは、このタルタルステーキを「不味くてとても食べられない!」みたいなリアクションをしていました。英国人には合わない味なのかも知れません。私は食べた事がありませんが、ユッケみたいで旨いかも?
                                   駅員@酢とソース チキン南蛮に 三種あり

2010年11月9日(火)
駅日誌(1453) 「左」

最近の都市部の電車にはやたらと液晶画面があり、占いやらCMやらニュースやらを映して居ます。
そこで映っていたニュースでふと思ったのですが、オバマ米大統領って、左利きなんですね。「米大統領が、印度の国連安全保障理事会常任理事国入りを支持した」というニュースなのですが、何やら書類にサインしている映像で、指輪をしている左手でサインしていました。
オバマ大統領就任からもう2年近く経ちますので、もしかしたら皆知っている事なのかも知れませんが、個人的に意外な発見でした。試しに「オバマ 左利き」と検索すると案の定沢山ヒットしました。その中に興味深いものが。フォードもレーガンもブッシュ(父)もクリントンも左利きなのだそうです。うむむ、左利きには才覚のある人間が多いのだろうか? 確かに、右利きの人間とは子供の頃から脳に加わる刺激が異なっているのだろうとは思うのですが……
左利きと言えば、私の勤め先は妙に左利きが多いです。左利きには才覚のある人間が多いのだろうか? はてさて、どうでしょう……
そう言えば、血液型がAB型の人も多いような印象があります。それと、東京が本社なのに関西弁イントネーションが多い印象です(これは私も該当しています)。ザ・マイノリティー・カンパニー? うーむ、全体的に調べたわけではないので、たまたまそう感じるだけなのかも知れませんがね。社員の血液型や利き手の統計を取ってもらいたくなります。
                                       駅員@思想とは 関係無しの 左利き

 
2010年11月8日(月)
駅日誌(1452) 「間」

東海道五十三次を歩き終えてから、休日は割とグータラ過ごしており、日誌も書かずにゴロゴロしていました。が、10月から11月頭にかけて、私とて書く話題が無かったわけではありません。というわけで、間が抜けているのこの間の出来事をダイジェストで、というのが今回の日誌です。

@東海道五十三次完歩
詳しくは、「東海道五十三次」と題を付けた日誌を御覧下さい。丁度丸一年での完歩となりました。

A三匹の仔猫
東海道五十三次の最後2日間は実家を拠点にしたのですが、何と、実家で猫を飼っていました。それも3匹。3匹とも白猫です。その内の1匹は、片目が黄色で片目が青、いわゆるオッドアイという形でした。金目銀目と言って縁起が良いのだそうです。捨て猫を拾って来たのだとの事。私は、子供の頃から鼻炎持ちだったので、我が家では毛の生えた動物は飼った事がなかった(細かい毛があちこちに落ちていると、クシャミが止まらなくなりがちなのです)のですが、うちの両親は本当は飼いたかったのかも知れないなあ……

B10月1日〜煙草値上げ

私の愛煙していたホープは、300円→440円になりました。買い溜めをしていなかったので、このままやめるのも良いかと思っていたのですが、ふと、コンビニに旧三級品の「わかば」が売られていたので、試しに買ってみると、ふーむ悪くない。というわけで、煙草値上げのタイミングで煙草支出コストダウンしてしまいました。でも、タール19mg! かなり強い煙草です。そう言えば、爺さんが昔吸っていた銘柄です。

Cカンブリア宮殿観覧
テレビ東京の「カンブリア宮殿」の番組収録の観覧をしました。駅員@地獄三丁目駅、ついに全国デビューか!? ただ観客として映るだけですが。11月18日放送予定だそうです。内容については緘口令が布かれていますので、ここでは触れません。

Dルネッサンスジェネレーション
年に一度、金沢工業大学が主催で開かれるセミナーです。アートディレクターのタナカノリユキ氏と、認知脳科学の下條信輔カリフォルニア工科大教授が監修する知的エンターテインメントです。毎回、理系・文系という両面からのアプローチで「人間とは何か?」を掘り下げる物です。今回のテーマは「人間はXXに還元できるか?」で、生物人類学、ロボティクス、精神病理学、哲学の専門家がそれぞれ講演し、それを踏まえてのパネルディスカッションという構成です。今回も(毎回結論には達しないのです。簡単に結論が出てはたまりませんがね)結論は出ない感じでしたが、色々知的な刺激になります。

E久々の男女の飲み会
業魂もとい合コンという程ガツガツしたものではないのですが、仕事で知り合った方とその知人の女性方と。しかし、私は飲むと眠くなる質なので、こういうのって実は苦手だったりします。いや、知らない人と飲むのが苦になるというわけではないのですが、後で「折角セッティングしてやったのに、あそこでああしとかないと、こうしとかないと」と言われるのは苦だったりします。

F人間椅子倶楽部の集い
私が好きなバンドのファンクラブ会員向けのライブがあったので、行きました。今回もなかなか濃厚なライブで良かったです。特に、ドラムのメンバーチェンジ後やっていないなかった曲「野球野郎」が聴けたのが良かったです。そして、今回それよりも驚いたのは、そこに面識のある人が居たと言う事。御挨拶はした事があるのですが、別段懇意にしているわけではないので微妙だったのですが、妙な親近感を抱き声を掛けてみたら、向こうも何とか記憶の片隅に置いてくれていたようで助かりました。

G日本シリーズ。
私のひいきの球団である中日ドラゴンズ、惜しくも敗れてしまいました。しかし、正に接戦と言える日本シリーズでした。

こうして見ると、それぞれもっと掘り下げて濃く書ける出来事ばかりではないか……勿体ない。
                                  駅員@間開いて 間が抜けている 間の日記

 
2010年11月8日(月)
駅日誌(1451) 「東海道五十三次(23)」

東海道歩きラストスパートです。と言っても歩いたのは10月11日。もう一月も経ってしまいました。
さて、10月11日は膳所駅からスタートです。残す所あとほんの少し。

膳所駅はJRと京阪の乗り換えがあるので、両方の電車が走っています。見ると、竜馬電車という竜が描かれている車輌が走っていました。膳所駅から街道に復帰するとすぐに、義仲寺という寺があります。文字通り、木曽義仲を弔っている墓だそうで、また俳人松尾芭蕉はこの寺を愛しており、大阪で死亡した後、ここに葬られたそうです。なので、芭蕉の辞世の句「旅に病んで 夢は枯野を 駆け廻る」の句碑があります。しかし、早朝なので開いている筈も無く、その前を通って進みます。とは言え、門前の柳が見事な寺でした。
程無く、道端に地蔵とその謂われが書かれた札がありました。常世川と地蔵尊、とあります。川? そこには小さい用水路のような細い川がありました。地蔵も小さいし……名前の割にはしょぼいというか……こういう発想は色(形)に囚われた凡夫の発想なのでしょう。罰当たりな。聖書等の寓話で、賢者が最初ボロを着て村を訪れたら邪険にし、その後綺麗な恰好で現れたら厚遇したなんて話がありますが、そういう話に出て来る村人のような浅ましさです。
滋賀県庁の前を通り、更に進みます。やがて、周囲であちこち山車を組み立てているに出くわしました。丁度大津祭の時期だったようです。それを横目に進むと、「此附近露国皇太子遭難之地」という石碑がありました。大津事件の碑です。更に太い道を越えると、「元祖阪本屋鮒寿司」という歴史のありそうな店がありました。滋賀県の郷土料理、鮒鮨です。これ、好きな人は好きなのですが、私はどうも苦手です。
おっと、道をちょっと外れていたようです。引き返して太い道に戻ります。この辺りが丁度「大津宿」の中心地だったそうです。今ではその面影は殆ど残っていません。この道は真ん中に路面電車が走っています。これは京阪電車の線路で、路面電車になっているのは一部で、やがて道路から離れて逢坂の関を越える電車になります。
さて、逢坂の関と言えば、百人一首の「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」の蝉丸です。その蝉丸を祀った芸道に御利益のある蝉丸神社が、ここからの上り坂にはいくつかあります。絵馬を見てみると、気取って英語で書いているのにスペルが間違っているという残念な物なんかがありました。人の絵馬を見るのって悪趣味だなあ……そう言えば、蝉丸って、昔、坊主めくりをやった時に、坊主か否かそれとも? と議論になった覚えがあります。
しばらく国道脇の歩道を歩いて上り坂を登って行くと、逢坂の関の碑がありました。尚、このすぐそばには鰻の名店「かねよ」があります。ちゃんと炭で焼いているので、旨そうな匂いの煙が風で運ばれてきます。時刻は10時。開店は11時。もう焼いているのですが、開店までまだ1時間もあります。うーむ、流石に1時間は待ってられん。ここならばまた来る事も可能と諦め、そのまま歩き続けます。この辺りで坂は下りに変わります。
坂を下り切った辺りで、名神高速を右斜め方向に潜って進むと、山科追分です。京都府に入る手前にある旧道の分岐点で、右が京都方面、左が伏見方面です。右の針路を進むと、やがて京都府入りです。

しばらく行くと、山科の商店街に入ります。山科地蔵の前のベンチで休憩し、さらに進みます。結構速いペースで来ているので、時間に余裕が出来た感じがしたので、ちょっと脇道に逸れてみました。山科毘沙門堂と山科聖天が気になったので行ってみました。ちょっと右に逸れて上り坂になります。この毘沙門堂には、見る角度によって顔や目の向きが変わる龍が描かれた天井や、動く襖絵(逆遠近法という手法により、見る角度によって絵が動いて見えます)といった面白い物があります。しかし、私の中でのメインディッシュは、実は聖天の方だったりします。別名・歓喜天。あちこちの寺で秘仏になっている象……否、象の像なのです。インド神話にガネーシャという象頭の神が居ますが、それが仏教に入った姿だそうで、男女の象頭が抱き合った姿をしているのだとか。その図は何度も見ているのですが、聖天像を見た事がないのです。しかし、期待空しく、矢張りここでも秘仏でした。うーむ、仏教的には象とは言え、男女抱き合うの図はあまり表に出すべき物ではないのでしょうか。
街道が通っている商店街に復帰します。商店街には、何やら茄子に顔を書いた風船があちこちにあります。「もてなす君」という山科のキャラクターだそうです。京野菜の山科茄子をモデルにしているとか。時刻は13時。空腹です。見ると、何やら惹かれるカレー屋があったので、入ってみました。大阪のカレーうどんの「得正」の系列のようです。上等カレーと書かれた皿に盛られたカツカレーは、別添の生卵を混ぜて食べるとなかなかの美味。カツが薄っぺらいのですが、カリッとしていて良い感じです。しかし、後で調べると、どうもカレーライスの店も大阪に沢山ある様子。私は初めてでした。
商店街が終わってもそのまま進みます。途中で道に迷いながらも進んで行くと、やがて細い上り坂になります。上り坂の中腹に、亀の水不動尊という祠がありました。穴から石造りの亀が出ており、その口から湧き水が流れ出ています。穴のその奥には小さな不動明王像がありました。
細い道から国道に合流する所で、逢坂の関の車石をモチーフにした小さな公園に到着。車石とは、逢坂の関を荷車が通りやすくするために敷かれた石で、レールのように、荷車の車輪に合わせた溝のある石です。
そのまま国道を進むと、京都市街です。ゴールは間近。見ると、ねぶたのような山車と、巨大な矛を担いだ人の群れ……丁度、粟田神社大祭という祭りが行われていました。巨大な矛の穂先は薄っぺらい金属で出来ていて、それをビヨンビヨンとしならせながら歩いています。やがて、三条大橋に到着。
長かった東海道五十三次も、これにて終了を迎えました。思えば遠くへ来たものだ。次は、中山道か! いや、しばらくは、歩きの旅はお腹一杯です。いずれ歩きたくなる時が来る事でしょう。その時まではしばし封印です。

東海道五十三次(23)歩行距離:14.5km(日本橋〜507.2km)
                                           駅員@JRで 130駅の 道歩き

 
2010年11月8日(月)
駅日誌(1450) 「東海道五十三次(22)」

10月は丸々日誌の更新無しで過ぎてしまいました。実はこの間、10月の体育の日の三連休(9、10、11日)で、東海道五十三次歩きをゴールしていたのに、その事もここで書かず仕舞いでした。
というわけで、今回の日誌はその東海道五十三次です。

10月9日は雨でした。こちらは勿論、今回のスタート地点の滋賀県水口も雨でした。しかし、近畿圏は私の地元。今回は実家を宿泊拠点にして歩く事にし、9日は前泊です。
10日は雨が上がって、この日は「水口宿」近江鉄道水口石橋駅からスタートです。駅のそばには、道案内の看板が所々にあります。また、史跡水口城址の復元された角櫓を見て(朝早いので中には入れませんでした)、歩きます。水口石橋駅周辺は宿場町らしさの残っている町で、所々に古い家屋や造り酒屋などがあり、情緒があります。復元された松並木もありました。が、しばらく進むと、周辺は田んぼだらけに……前回9月下旬に歩いた時には、厳しい残暑の影響で、彼岸なのに彼岸花がまだ咲いていないという状況でしたが、この時にはもうもう盛りを過ぎて居ました。9月はあんなに暑かったのに、10月に半ばから急速に寒くなりましたしね。彼岸花に代わって、コスモスが咲いているのをよく見掛けました。
しばらく進んでいると、鈴鹿山脈の方からほぼ街道に並行してきていた野洲川を渡る「横田の渡し」に到着します。勿論、現在は渡し船などありませんから、迂回して橋を渡ります。それでも、渡し場跡は、七里の渡し程ではないにしても、公園が作られていました。
橋を渡ると、JR三雲駅があり、そこからは駅に近いという事もあり、旧街道沿いに家並みが続きます。すぐ脇にある国道一号線には車が行き交っています。
この辺りから「石部宿」までの間で面白いのは、何と言っても天井川でしょう。山地の方から流れる川が、道よりも高い所を流れて居り、そこにトンネルが掘られていて、その下をくぐるという物です。かつては氾濫する川だったため堤防が築かれ、その堤防の底に土砂が堆積し、また堤防を立てて……とやっている内に高くなってしまった川です。現在はセメントで固められており、人工的に作られた水路にも見えます。大沙川トンネルという所は上に上がると弘法大師像までありました。こういう物も、嘗ては氾濫した事を忍ばせます。
同じく天井川の由良谷川をくぐり、更に西へ。やがて「石部宿」に到着です。

石部宿の入り口辺りには、「東海道石部宿 珈琲クレッシェンド」という喫茶店があったので休憩。うーむ、休日の午前中ですから、店員のおばさん一人と客はタクシーの運ちゃん一人。うーむ、私だけ異邦人という感じです。朝食は摂ったのですが、小腹がすいていたので、モーニングを食べて、石部宿に入ります。
ここにも宿場的家並みが残っていて、民家や商店の軒先には、太くて短い竹筒に花を生けた「竹筒でつなごう 花のあるまちづくり」という物が置かれていました。地域が主体となって地域を盛り上げようという主旨でしょう。旧街道の宿場町という観光資源を使わない手はありません。茶店を模した、田楽を売る店もありました。こんなのがある事を知っていたら、モーニングなんか食べなきゃよかったなあ……
石部宿の西端には、金山の跡地というのがあり、そこを迂回するように回る道になっています。ふと道路に何やら蠢く物を見付けました。うげげ、ハリガネ虫です。すぐそばには潰れたカマキリの死骸がありました。ハリガネ虫というのは、御存じない方に説明しますと、カマキリの腹の中に居る寄生虫で、錆びた鉄や銅のような赤茶色で、1.5mm程度の太さ、まさに針金のような姿で、長さは10cmくらい。それがくねくねと動いているのです。気持ち悪い!! 写真は撮りましたが、グロ画像なので、載せないでおきましょう。それにしても……ハリガネ虫という名称。針金が世に出てからの名称なわけですよね。生物の中では比較的新しく命名された名前なのかも。
やがて、形の綺麗な近江富士が見えて来ます。それを右手に見て更に進みます。六地蔵という、惹かれる地名の辺りに、史跡和中散本舗があります。近江の豪商の邸宅です。この和中三というのは腹痛の薬で、徳川家康が命名したのだとか。和中三本舗から、道が合流するような所に、「交通安全」という大きな看板がありました。ん? 何やらきらめいて見えます。この看板、縦横に巡らせたフェンスに小さな樹脂プレートを吊るして埋め尽くされて書かれた看板で、プレートが風で動くわけです。これは、電気等を使わずに動く看板で、なかなか賢い手だなあ……
そこからは、東海道手原村という地名で、旧家が多数見られました。すると、雨。先程から空の色が気になって来ていたのですが、とうとう本降りです。慌てて地蔵堂のような所で雨宿り。幸いこれは通り雨で、すぐ上がりました。その近くの稲荷神社の前に掌の形をした台が……神社だが、仏教的な匂いのするオブジェです。しかし、横にある札を見て脱力。「テハラベンチ」と書いてあります。ここの地名に掛けたベンチでした。
栗東に入り、さらに進みます。やがて、溜池のような場所にぶつかり、そこを迂回……と思ったら、そこにあるバス停の名が目を惹きました。「帝産バス 坊袋(ていさんバス ぼうぶくろ)」……お、お嬢さん! こんな所でバスを待つと妊娠しちゃうよ!! 何となく字面と響きから……うーむ、私の頭はどうかしているなあ。
気になる石碑がありました。「田楽発祥の地」。ほほう、いわゆる味噌田楽の発祥の地なのでしょうか? しばらく行くと、「ほっこり庵」なる田楽の店が! こりゃあ、試してみたい……が、生憎やっておらず。その脇には「足湯」という所もあったが、戸は開くものの誰も居らず、湯も無く……どうなってんだ!
そのほっこり庵の前を右折し、琵琶湖方向へ向かうとやがて国道1号線にぶつかると、名物「うばがもちや」と「宿場そば」という店が見えます。ちょっと遅めの昼食はそばにしました。なかなか美味。折角なのでデザートに「うばがもち」を。周囲をこし餡で覆った一口サイズの餅です。味は、赤福と一緒! ていうか、餡子+餅という物は全国各地に名物あれど、味はどれも殆ど同じだなあ……

そのまま国道一号線をまたいで進むと、やがて東海道と中山道の分岐点に到着。即ち、ここから京都までの道は、共通なわけです。このあたりが「草津宿」になります」。中山道と東海道の合流地点だけあり、大きな宿場だったようです。しかも、本陣は昔の遺構がそのまま残っているので、一見の価値があります。宿場町は現在は商店街になっており、「カラオケたび丸君」なる穴から顔を出して写真を撮る板がありました。しかし、穴があいているのは顔の所ではなく、腹! 腹から顔を出して写真を撮ってどうする!
しばらく進むと、矢倉立場と言う場所があります。先程の「うばがもちや」は昔はここにあったそうで、安藤広重が絵に描いています。また、ここは分岐点になっており、一方は矢橋の渡し方向(渡し船は現在はありませんが、琵琶湖南端を突っ切って大津側に行く渡し場)と、南側に迂回する瀬田の唐橋方向に分岐します。ここは「急がば回れ」の語源になっているそうです。
南側迂回ルートに進みます。しばらく行くと、弁天池という池がありました。池の水面にはホテイアオイがびっしり。池の中央には橋で渡って行ける小島があり、弁財天が祀ってあります。この池の中央に弁財天の島という構造、どこかで? 上野の不忍池に似ています。調べてみると、不忍池は琵琶湖と竹生島に見立てているそうです。という事は、この池も琵琶湖に見立てたミニチュアという事でしょうか。
更に進むと、「ここから大津」と書かれた燈篭があり、大津市に入ります。しばらく進んでちょっと広い道に合流。合流ポイントに「たばこ・宝くじ・ぶつだん」と大きく書かれた店が見えました。うーむ、本業は仏壇仏具の店の様ですが、煙草と宝くじの後に仏壇が来るとは……末世よのう。続いて、「瀬田名物 でっちようかん たにしあめ」の看板のある店のそばを通り抜け(この店も気になったのですが)、瀬田の唐橋を渡ります。この時点で17:30。しかし、まだ明るいので、行ける所まで……膳所城址が所々に埋まる街を抜け、暗くなって来る頃に、視界に異様に高いビルが入って来ました。プリンスホテルです。周囲の建物と比較してずば抜けて高い。滋賀県は西武グループ発祥の地。プリンスホテルが妙に多いのです。西武マークのバスも走っています。
19:00前ほぼ真っ暗の状態で、JR膳所駅に到着。この日はここまでです。

東海道五十三次(22)歩行距離:38.2km(日本橋〜492.7km)
                                    駅員@文長く なるわけだなあ 歩行距離
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